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『I Feel Bad About My Neck』Nora Ephron(Alfred A. Knopf)

I Feel Bad About My Neck

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「ニューヨーク仕込みの乾いたユーモアが楽しめる本」

「If I can just get back to New York, I’ll be fine.(もしニューヨークに戻ることさえできたら私は大丈夫)」

恋人たちの予感』、『巡り逢えたら』、『ユー・ガット・メール』、『奥様は魔女』などの映画で監督や脚本、原作を手がけたノーラ・エフロンの『I Feel Bad About My Neck』を読んでいて彼女のこの言葉を見つけ、そうだそうだと嬉しくなった。僕はいまニューヨークに住んでいるが、この街に特別な愛着を感じる人間なら、ニューヨーク以外の街に住んだときにこう感じるはずだ。

ノーラ・エフロンは映画に関わる以前は作家であり、その前は『ニューヨーク・ポスト』のレポーターだった。

この本は、60歳を超えた彼女がニューヨークに暮らすことと、この街で年をとっていくことについての本音を綴った15エッセーが収められている。

最初の言葉は、彼女が子供の頃にロサンゼルスに移ったときのもので、明るい日の光が差すビバリーヒルズの学校の片隅で彼女が思っていたことだ。

彼女の言葉に頷くのは、僕自身ロサンゼルスに2年間住んだことがあり、あのだだっぴろい街で陸に打ち上げられた魚にでもなったような息苦しさを感じた経験があるからだ。荷物をまとめて、ニューヨークに戻りたくて仕方なかった。そうして、本当にUホールのトラックに家財道具を詰め込んで、大陸横断をしてニューヨークに戻ってきてしまった。

「ニューヨークに戻ることさえできたら、僕は元気になる」と本気で思っていた。

ノーラ・エフロンはこの本のなかでニューヨークのいろいろな場所のことを書いているが、彼女が長く暮らしたアッパー・ウエストサイドの話が特に面白い。

彼女は1980年、子供を生むと同時に離婚をし、アッパー・ウエストサイドのアパートメントに恋してしまう。そこは賃貸アパートメントだったが、賃貸契約を引き継ぐ権利を得るためだけに2万4000ドルもの大金をもともとの住居者に支払う(ニューヨークでキー・マネーと称される費用だ)。こんな高額な費用を支払う彼女の理論は、もしその「恋する」アパートメントに24年間住んだとしたら、2万4000ドルは1年間で1000ドル。1日にするとたった2ドル75セントで、スターバックス(当時はまだスターバックスはないのだが)のカプチーノ代より安い。

もちろん、キー・マネーはそれまでの住居者に支払うお金なので、これに家賃がかかってくる。家賃契約を引き継ぐだけで2万4000ドルの出費はどう考えてもまともな金額ではない。

彼女も、それは分かっている。彼女は、この話を不動産の話ではなく愛の物語だとしている。

「これは、つまるところ、お金に関する物語ではない。これは愛についての物語だ。そして、すべての愛についての物語のように、お話はある種の正当化から始まる」

このあたりの感受性に僕はニューヨークの街の物語を感じた。

この愛の物語は、その後の不動産ブームのなかで家賃が跳ね上がり、ついには「恋する」アパートを出ていかざるを得なくなるという悲しい結末を迎えてしまう。

ニューヨーク仕込みの気の利いた、そして乾いたユーモアが光るノーラ・エフロンのエッセーは清涼感に溢れていた。そしてノーラ・エフロンの「声」が女優のメグ・ライアインの顔とだぶってしまうのは、やはり映画のせいなのだろう。


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