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『Outliers: The Story of Success』Malcolm Gladwell(Little, Brown)

Outliers: The Story of Success

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「成功の要因を探った本」


 『The Tipping Point』『Blink』とベストセラーを発表してきた、『ニューヨーカー』誌のライター、マルコム・グラッドウェルの新刊。

 以前の2作を紹介すると、『The Tipping Point』はある考えや行動が社会的に大きな潮流となる瞬間についてのもので、『Blink』は2秒で決まる第一印象や直感の力について書かれた本だった。

 今回のタイトル『Outliers』とは聞き慣れない言葉だが、「分布の中心から大きく外れた値」という意味。副題には「The Story of Success」とある。つまり、この本は人がずば抜けた成功を得るにはなにが必要かを探った本だ。

 『ワシントン・ポスト』紙の元ビジネス/サイエンス担当ライターという経歴を持つグラッドウェルはこの本で成功の要因を社会的、文化的、統計学的な面から追っている。

 この本はいわゆる「成功の法則」や「成功を引き寄せる術」などの、自己啓発分野の本ではない。この本は文化人類学社会学の視点が色濃いポップカルチャー分野の本ということができる。

 グラッドウェルは、例えば、ボルティモア州の裕福な家庭、中産階級、低所得家庭の子供の成績調査を紹介する。調査結果は予想通り、裕福な家庭の子供は、低所得家庭の子供より学業で大きな成功をみせる。

 しかし、著者は学期中の成績調査に注目する。その調査では裕福な家庭の子供も、低所得家庭の子供も知識の習得には大きな違いがない。しかし、アメリカの長い夏休みを終えて学校に戻ってきた子供たちには、大きな違いがあった。裕福な家庭の子供は夏休み中に知識をさらに習得し、一方低所得家庭の子供たちは知識を失っていた。

 そこで、著者はいまアメリカが低所得家庭のために取っている教育政策は間違っていると結論を出す。アメリカが低所得家庭の生徒のために与えようとしている小さなクラス、新しい施設、博士号を持つ教師などは、与えられればもちろんいいものだが、絶対に必要なものではない。低所得家庭の子供に必要なのは長い学校時間だという結論だ。

 この結論の成功例として著者はニューヨーク州ブロンクス地区にあるKIPPスクールを紹介している。この地区は低所得家庭が多く、特に母子家庭の子供が多い。この地区のKIPPスクールに通う子供の多くが黒人とヒスパニック系の子供である。しかし、KIPPに通う子供たちは全米レベルで素晴しい成績を収めている。

 この学校と通常の学校の大きな違いは、授業の時間数だ。学校は朝7時半から始まり午後5時まで。2週間に1度は土曜日に授業があり夏休みの間の3週間もクラスがある。

 子供たちの多くは朝5時半には目覚め、家に帰って宿題を済ませるともう寝る時間という生活を送る。音楽の授業もあり、生徒全員がオーケストラに入ることを義務づけられる。クラブ活動などをやると朝7時半から夜の7時まで学校にいることになる。

 『Outliers』のなかで、著者はこの学校の例だけではなく費やす時間の重要さを強調している。ビル・ゲイツビートルズモーツアルトの偉大な成功の裏には彼らが費やした膨大な時間があったという。著者は桁はずれた能力を発揮するには、才能だけではなくその技術の習得するためのある決まった時間数が必要だとし、その時間数は1万時間だとしている。つまり、人の脳がある桁外れの能力を習得するには、1万時間という膨大な時が必要なのではないかとしている(1万時間をかけても、桁はずれた能力を習得できない人もいると思うが、そのことには触れられていない)。

 その他、文化、親、社会的状況、生まれた時期なども人の成功に大きく関わると著者は述べ、それぞれに対す興味深い事例を挙げている。

 誰もが「成功」は才能だけではないと分かっているが、そのほかの漠然とした「成功」の要因を、きちんと整理して、そのうえ実証例もみせてくれたのがこの本だ。グラッドウェルの文章に一種の熱意が感じられるのも好感がもてる。

 「ニューヨーク・タイムズ」紙ベストセラー・リスト第1位になった本でもある。子供を持つ親や、これから何かを目指そうとしている人にインスピレーションを与えてくれるだろう。


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