『State by State: A Panoramic Portrait of America』 Matt Weiland, Sean Wilsey(Ecco Press)
「優れたエッセーでいまのアメリカを綴った1冊」
僕は、アメリカ社会を題材にした優れた本を見つけると、つい手に取ってしまう。政治ニュース好きでもあり、社会と人の関わりにつきない興味を感じている。
最近では、アメリカ全土のなかで起こっている、これから人々の生活にインパクトを与える可能性のある小さな潮流を探ったマーク・J・ペン著の『Micro Trend』や、アメリカ人口の流れを「街」をテーマに切ってみせてくれたリチャード・フロリダ著『Who’s Your City』などとても興味深く読んだ。
特に『Micro Trend』の方は ビル・クリントン元大統領のもとで働き、選挙の際「サッカーマム(教育に熱心なアッパーミドル階級の母親たち)」が浮動票となっていていることをつきとめ、彼女たちを取り込むことが選挙を勝利する道と提唱し一躍有名になった統計学者の手によるものだけにとても面白かった。
そして、この10月に出版された『State by State』はアメリカ社会に興味を持つ人だけではなく、アメリカ文学好きの人にもお勧めの本だ。
内容は、アメリカ50州を対象に各州につき1本のエッセーで構成されている。
興奮するのはそのラインアップだ。コネチカット州を担当したのは『Ice Storm』を書いたリック・ムーディ。ミズーリ州はジャッキー・ライデン。そして、僕が住むニューヨーク州はいまをときめくジョナサン・フランゼンだ。
アメリカをテーマとする本らしく、移民文化圏の書き手もエッセーを寄せている。ジョージア州は中国からの移民で『Waiting』で全米図書賞を受賞したハ・ジン。そして、ロードアイランド州を担当したのは、日本でもファンが多いピューリッツア賞受賞作家ジュンパ・ラヒリ。
そのほか、ミシシッピ州はバリー・ハナ(彼はこの本で僕の好きだった作家ラリー・ブラウンのことを語っている)。メイン州についての原稿を寄せたのは文芸誌『The Believer』の創刊編集者ハイディ・ジュラヴィッツ。イリノイ州は『A Heartbreaking Work of Staggering Genius』 のデイブ・エガーズ。
この本を思いつき編集にあたったのは文芸誌『パリ・レビュー』のデピュティ・エディターのマット・ウェイランドと作家のショーン・ウィルシー。 彼らはいま紹介した作家以外にも、ジョン・アップダイク、ドン・デリーロ、リチャード・ライト、そうしてJ・D・サリンジャー(彼はまだ原稿を書いていて、書いた原稿は金庫にしまっているという噂がある)にエッセーを依頼したが断られた。
アップダイクは自分の経験や知識は過去のもので期待に応えられないとし、ドン・デリーロは自分の「暗い内部の感情」に根ざしたものだけを書きたいと断った。リチャード・ライトは企画自体が表面的になる危険性があると注意を促し、J・D・サリンジャーはいつもの沈黙を守った。
この本の醍醐味は、優れたエッセーを読む楽しさに加え、それぞれの州が醸し出す土地の違いを読むことにある。それはノスタルジックで人の良さを感じさせるバリー・ハナの南部と、たっぷり皮肉を利かせどうしようもなく悲観的なジョナサン・フランゼンのニューヨークを読めば分かる。この2本のエッセーを読み比べるだけでも、十分価値があるだろう。アメリカの広さを感じさせてくれる1冊だ。