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『Superfreakonomics 』Steven D. Levitt & Stephen J. Dubner(Harperluxe)

Superfreakonomics

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「経済学の視点でおもしろい結論を見せてくれる本」


 シカゴ大学にスティーブン・D・レヴィットという経済学の教授がいる。ハーバード大学を卒業し、マサチューセッツ工科大学で博士号を取った秀才だ。レヴィットはこれまで数多くの論文を書いてきたが、その内容がおかしい。曰く『ドラッグ売人ギャングの財務についての分析』(クオータリー・ジャーナル・オブ・エコノミックス2000年)、『黒人が黒人特有の名前をつける理由と結果』(クオータリー・ジャーナル・オブ・エコノミックス2004年)など、レヴィットは普通の経済学者とは違った視点で世の中を見ているようだ。

 彼はお金の動きというものにはあまり関心がなく次のように語っている。

 「経済のことはあまり知識がなく、数学もあまり得意ではない。計量経済学についても多くの知識はない。もし、これから株の市場が上がるか下がるか、経済が拡大するか縮小するか、デフレは良いか悪いかなど聞かれて、それに分かったような答を言えば嘘をつくことになる」

 レヴィットは変わり種の経済学者と言えるが、アメリカの学術界も懐が深く、そんなレヴィットにジョン・ベイツ・クラークメダルを贈っている。この賞は40歳以下の最も優れたアメリカ人経済学者に贈られる賞だ。また、レヴィットは、特定のデータから資金洗浄をおこなう者やテロリストの居場所をつきとめるようCIA(中央情報局)の依頼を受けたりもしている。

 そのレヴィトがジャーナリストのスティーブン・J・ダブナーと共著による本を出版した。タイトルは『SuperFreakonomics』。FreakonomicsとはFreak(風変わり)という英語とEconomics(経済)を合わせた造語だ。

 この『SuperFreakonomics』は2005年に同じコンビで出版された『Freakonomics』の続編となる。日本でも『ヤバい経済学』という邦題で翻訳されているのでご存知の方も多いだろう。

 前作では「学校の教師と相撲力士の共通点」「白人至上主義の秘密結社クー・クラックス・クランと不動産業者はどこが似ているか」「ドラッグ・ディーラーは何故母親と暮らしているか」などの命題に経済学の手法で興味深い答えを出している。

 今回の『SuperFreakonomics』でもレヴィットとダブナーは面白いテーマを追っている。まず「ストリートの娼婦とデパートに現れるサンタはどこが似ているか」という命題。

 本ではアメリカの歴史から、1890年代から1920年代の娼婦の収入を追っている。この時代娼婦はだいだい1週70ドルを稼いでいた。これを現在の価値に置き換えてみると年収7万6000ドルとなる。また、高級娼婦の家として名を馳せたエヴァリー・クラブに働く娼婦は1週400ドルを稼いでいたという。これはなんと今の年収の43万ドルに値する。何故、セックスの価値がこれほど高かったかというと、これは需要と供給の差にあった。当時、結婚の目的から外れセックスを許す女性は非常に少なく、一方、男性のセックスの欲求は、まあ、現代と変わらないと言っていいだろう。また、法律も娼婦だけを罰するもので、娼婦になることは社会的な将来を捨て、捕まる危険も一手に引き受けることを意味していた。

 その娼婦業界に価格破壊が訪れたのが60年代だった。社会的モラルの規制が緩くなり、フリー・セックスが声高に叫ばれた時代だ。世間には無料でセックスを提供する女性が多くなり、需要と供給の差が縮まった。娼婦たちにとっては一般女性(無料のセックス)という手強い競合相手が市場に出現したことになる。

 もし娼婦業界が他の業界と変わらなければこの時、農家や工業界が政府に訴えを起こしたように「娼婦保護法」を提唱し、一般女性からの無料セックスに歯止めをかける法案の通過を政府に訴えたはずだと著者は言う。しかしそんなことは起こらず、需要と供給のバランスは崩れ、現在ではシカゴ地区の統計によると娼婦との通常のセックスの値段は約80ドルだという。

 しかし、毎年7月初旬にその値段は一気に30%上昇する。その理由は、アメリカの独立記念日にあたる7月4日は人々が集まり、叔母の手作りのレモネードを飲むだけでは飽き足らない人々がセックスを求めて通りに出るからだ。

 これが先ほどの「ストリートの娼婦とデパートに現れるサンタはどこが似ているか」という命題の答えだ。答えはどちらもホリデイ・シーズンに需要が高まり、価値が高まるというもの。

 また、「自爆テロリストは生命保険をかけたほうがいい理由」の命題では、何故自爆テロリストが貧困の低所得層からではなく、ある程度の教育を受けた中産階級の出身者たちなのかを探っている。その答えとして自爆テロリストは選挙の際に投票をおこなう人々と同じ階層だと結論づけている。

 そして国外に潜む自爆テロリストは「家を持たない」「金曜日にATMから週末用のお金を引き出さない」「普通預金口座を持っていない」「モスリム系の名前である」そして「生命保険をかけていない」などの特徴があるという。そのため、自分がテロリストであることを見破られないためには名前を変え、家族に対する生命保険をかけることは有効であるとしている。

 そのほかにも「酒酔い運転と、酔って徒歩での帰宅とはどちらが危険か」「子供の生まれる月とその子供の将来の関係」「カンガルーを食べることで地球は救えるか」などの命題に経済学の視点からの興味深い答えを出している。

 優れた経済学者とジャーナリストの鋭い分析と巧みな文章により社会や人間の違った側面をみせてくれる、一般の人でも楽しめる本だ。


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