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『Skinny Dip』Carl Hiaasen(Grand Central )

Skinny Dip

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「サンバのテンポを持つ小説」


 数年前、住んでいたニューヨークからフロリダの友人の家まで車で行ったことがある。ニューヨークからフロリダまでは車だと24時間くらいかかる。その日は朝早く出発したが、途中で夜になりインターステート沿いにあったガソリンスタンドの駐車場に車を止め、車のなかで一晩を過ごした。夜中にパトカーが隣にやってきて、警官が僕の車の窓を叩き「何をやっているんだ」と聞いた。僕は「フロリダに行く途中で、今夜は車で寝ている」と警官に告げた。警官は窓ごしに車のなかをのぞき、何もなさそうだと分かるとそのまま走り去っていった。

 友人の家に次の日の午後に着き、そいつの家を拠点としてマイアミやオーランドを回った。フロリダでの1日が終わると、僕はピナカラーダやダイキリなどのいわゆるトロピカル・ドリンクと呼ばれる酒を飲んだ。フロリダはやはりちょっとした楽園だった。

 今回読んだ『Skinny Dip』はフロリダに住んでいる作家カール・ハイアセンの作品だ。カテゴリーとしては犯罪小説の種類に入るのだろうが、読んでいて楽しく、フロリダでトロピカル・ドリンクを飲んでいるような爽快感を味わえた。

 物語は、チャズという悪知恵が働く生物学者が妻のジョーイをフロリダに向かうクルーズ船から海に突き落とす場面からはじまる。チャズは金儲けのためにだけに博士号を取った男なので、海流の動きさえ知らない。へびを車で平気でひき殺し、リサイクル運動などにもまるで興味がなくごみの分別などする気もない。チャズに船上から突き落とされたジョーイは大学時代に水泳チームのキャプテンだったくらい泳ぎは得意だったが、岸に着く前に力つきてしまいそうになる。それを救ったのがミック・ストラナハンというフロリダの島にひとりで暮らす男だった。ストラナハンはジョーイに警察にいくことを勧めるが、チャズが犯行を否定し裁判となったら嘘の上手いチャズに勝つ自信のないジョーイは、自ら夫に復讐をすること決める。そして、その復讐にストラナハンも協力することにする。

 この物語は、いかにしてふたりがチャズにお灸をすえていくか、チャズがジョーイを殺そうとした理由はなにかが中心となっている。フロリダが抱える環境問題もからんで、物語は多くの人々を巻き込んでいく。

 この作品の爽快感は構成から生まれていると思う。出だしの事件が起こる部分を除いて、主人公や主人公の友人たちが命の危機に直面することはなく、文章にもその気配さえ感じられない。読者は安心して、主人公が相手を追いつめていくコミカルな過程を眺めていればよく、そこが爽やかさのもととなっている。

 また、登場人物たちに対する著者の温かい、しかし皮肉が利いた視線が感じられ、それもこの作品が爽やかな読後感を与えてくれるもうひとつ理由となっている。温かくしかも一方では、皮肉の利いた著者の視線は、主人公に追いつめられる悪役に対しても向けられていて、最後までコミカルな雰囲気が漂う作品となっている。

 『Skinny Dip』の文章は洒落ていて『ニューヨーク・タイムズ』紙はこんな作品を書ける才能のある人間は、ウッディ・アレンなどほんの数人だと評している。サンバのテンポを持つ小説や、トロピカル・ドリンクの爽快感がある作品を読みたい人にお勧めだ。


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