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『Son of Hamas』Mosab Hassan Yousef(Saltriver )

Son of Hamas

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イスラエルのスパイとなったハマス幹部息子の回想録」


 ニューヨークで暮す者にとって9・11連続爆破テロ以降、中東の抱える問題は大きな関心事となってきた。

 その中でも、パレスチナ問題は解決不可能にみえる問題でありながら、この問題が解決しなければ中東に端を発するテロリズムはなくならないと言われている。

 アメリカのメディアもパレスチナ状勢について精力を注いだ報道をおこなう。

 イスラエルPLOの和平交渉、アラファトの軟禁、アラファトの死、イスラエルハマスとの戦いなど大きなニュースとなってきた。

 しかし、何故パレスチナ問題は解決をみないのだろうか。そのひとつの答えが今回読んだ『Son of Hamas』のなかにあった。

 著者はモサブ・ハッサン・ユーセフ。彼はテロリスト集団ともイスラム原理主義組織とも呼ばれるハマスを設立したメンバーのひとり、シェイク・ハッサン・ユーセフの長男だ。

 ハマスの主要メンバーを父に持つ彼は、ある時、銃を購入した罪によりイスラエルに逮捕される。彼はイスラエルより拷問を受けるが、イスラエルの国内諜報機関シンベトが彼にアプローチをかけてきた。

 イスラエルへの復讐を心に決めていた著者は、2重スパイになりハマスに貢献しようと考えた。

 自分たちのスパイになると著者からの合意を受けたシンベトは、形だけでも彼に刑を受けさせなくては逆に疑われるとして、著者を刑務所に送る。

 その刑務所で見たものが、著者の心を変えさせてしまう。同じ刑務所に捕えられていたハマス幹部たちは、自分たちの力を維持するために同胞であるパレスチナの民衆に拷問をおこない、彼らに自分はイスラエル側への密告者だという自白を強要していた。

 「密告者であることはその人間の人生が終わったのと同じだった。彼の家族、妻も彼を見捨て、家族との人生もなくなった。1993年から96年の間、イスラエル刑務所内で150人がハマスにより密告者の容疑で取り調べを受けた」

 ハマスの残忍さを目のあたりにした彼は、2重スパイになる考えを捨て、本当にシンベトのスパイになることを決めた。

 パレスチナで実権を握る者は、混乱と流血のなかから力と富を得る。その権力と利権を維持するためにはさらなる混乱と流血が必要となる。

 パレスチナの一般民衆は、その利己的な目的のために屠殺場に送られる動物のようなものだと著者は語る。人々の命が無駄に費やされるのを防ぐためにスパイ活動を続けたと彼は言う。

 そして、スパイ活動のなかでキリスト教の教えに触れ、パレスチナの人民は「許す」ことを知らない間違った神に仕えているという結論を下す。

 彼はいま、アメリカで暮らしキリスト教の洗礼も受けている。

 「問題はイスラム教の神にある。イスラム教徒はイスラムの神から解放される必要がある。イスラムの神が最大の敵だ。人々がだまされ続けてもう1400年になる」と彼はあるインタビューで答えている。

 彼の父親は「ハマスは彼がスパイであることをずっと知っていた。そして彼はハマスの重要メンバーであったことは一度もない」という声明を出した。

 一方、イスラエル側は彼について現在も沈黙を守り続けている。


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