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『ただいま おかえりなさい』作・戌井昭人 絵・多田玲子 (ヴィレッジブックス)

ただいま おかえりなさい

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「ただいまと言ってページを開こう」

戌井昭人さんを初めて見たのは、東京・初台のLIVE-BAR The DOORS に「ボヘミアン・カフェ 〜ケルアック・トリビュート・ビートニク・2001〜」を聞いた日だ。ムロケンさん、ロバート・ハリスさん、ビデオで佐野元春さんらが登場するなか、戌井昭人鉄割アルバトロスケットの「けんちゃん曼陀羅」があまりに裏切りのいかさまで胸躍り、そのあと根津の宮永会館に鉄割の公演を観に行ったところこれまた裏切りの乱雑で胸破れたのだった。戌井さんはその後141回芥川賞候補に「まずいスープ」が選ばれるなど、書き手としての活動も多い。

     ※

『ただいま おかえりなさい』は戌井さんの観察日記のような夢の話のような短い文章が113個、それぞれに多田玲子さんのイラストがつく。章立てはなく、ところどころに多田さんのイラストが大きく入る。どのページでも開いたところから読み始め、どこで読み終えても読み飛ばしても何度読んでもかまわない。状況が可笑しかったり登場人物が奇妙だったり、言葉の響きがよかったり妄想の坩堝だったり意味不明だったり、ひとつひとつがばらばらに面白い。いずれも書きっ放し出しっ放し的颯爽感があるのは多田さんの受けがあるからだろうか。鉄割のために書きためていたネタなのか、書き下ろしなのかわからないが、戌井さんと多田さんの交換日記のようでもある。

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ところでこのタイトルは何なんだろう。誰が誰に言っているのか。考えたところで戌井さんの頭の中なんかわかるわけがないので、この本を適当に開いて読みはじめるときに「ただいま」と言おうと思う。モップを持って踊っている男やみかんをのせたボール、ドーナッツバスやあぶらや座布団レース会場や誘拐された弟を待ち続ける兄、ぼけた菩薩やガスコンロを背負った男や注射だいすき小学生やタンバリン持って出てったひと、あんみつ建設、ハエにスズメにクワガタムシ……たくさんのいきものから「おかえりなさい」と声が返ってくると思うので。


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