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解説者による戦力分析:国書刊行会樽本さん

4336049394.jpg今回の「解説者による戦力分析」では国書刊行会編集部の樽本さんにお話を伺います。「未来の文学」や「短篇小説の快楽」といったシリーズで海外文学ファンの涎をだらだらと流れさせ続けている樽本さん。彼の選ぶベストイレブンは必見です。樽本さん、今日はよろしくお願いします。

──まず今回のブックレットをお渡しさせて頂きます。

樽本:ありがとうございます。ブログ上のPDFは少し見させて頂きました。「ウリポを生んだ国フランス」の『煙滅』のコメントがちゃんと「い段抜き」で書かれていましたね。

──よくぞお気付き下さいました。初めて指摘されました。

樽本:「そればっか」や「ノベル」と書かれていたので。「そればっかり」や「小説」では駄目ですからね。

──ありがとうございます。それではインタビューを始めさせて頂きます。まず、この企画「ワールド文学カップ」始めて聞いたとき、どんなものが出てくると思われましたか?

樽本:この「ワールド文学カップ」ってサッカーの事ですよね? フォーメーションが載っているのをブログでも見たんですけど、スポーツ全般が分からないので、位置関係が全く分からなくて。

──6月から本当のワールドカップがあるので、それを意識してみました。

樽本:はいはい。外国文学の翻訳家って、意外とサッカー好きが多いんですよ。大森望さんや柳下毅一郎さんもそうですし。そういう人たちってサッカーが始まると本当にそれに集中してしまうので、原稿が上がってこなくなるんです。スポーツは前から好きではなかったんですけど、最近ではさらに嫌いになりました。全ての仕事を放棄して開催地まで行っちゃったりするから、困るんですよね。

──それは本当に困りますね(笑)。

樽本:最近はTwitterとかもあるからわかってしまうんです。確認できますからね。

──では実際にブックレットをご覧になって頂いてどうでしょう?

樽本:こう見るとドイツでも色々と分かれているんですね。ああ、カフカカフカなんですね。

──一応チェコですが、一つの国として取り上げました。

樽本:国書刊行会に関して言うと「文学の冒険」があらゆる国の文学を取り上げたシリーズだったのですが、もう終わっちゃったんですよ。最初はきちっとセレクトしてやっていたんですけど、だんだんずるずるとしていったというか、面白そうなのが入ってくるとシリーズに入れちゃうという風になって次第に混沌としていって、だらだら続いているからやめようということになったんです。国書刊行会は文庫が無いので、色々なものがごちゃまぜになっている外国文学のシリーズはあってもいいんじゃないかなと思いますけど。文庫的な意味合いを含めて。

──「文学の冒険」というタイトルもいいですよね。

樽本:意味があるようでないんですけどね。あのシリーズは私が入社する前から始まっていて、当時は外国文学の紹介が少し停滞していた頃だったので、それまで訳されていなかったジョン・アーヴィングトマス・ピンチョンなどを紹介する意味合いがあって、全15冊くらいのシリーズとして始めたところがベースとなっています。私は実は『レッド・ダート・マリファナ』というテリー・サザーンの作品しか担当していません。

──テリー・サザーンというと『キャンディ』の作家ですよね?

樽本:そうそう。でも、実はこれが一番売れていないんですよ。「文学の冒険」は結構「へぇ」っていうものが多いのに、その中でも一番売れていないというのは余程のことなので、嫌なんですよね。

──余程のことですね(笑)。

樽本:今実際に私が担当しているのはSFシリーズの「未来の文学」です。

──フェアにはラファティの『宇宙舟歌』が入りました。

樽本:ありがとうございます。他には「短篇小説の快楽」を担当しています。

──今度ビオイ=カサーレス(注1)の新刊が出るんですよね? 待ち侘びました。

樽本:時間がかかるんですよ。

──このシリーズに関して言うと、僕はクノーの『あなたまかせのお話』ほど自分の琴線に触れた作品はなくて、コメントに「ここ十年で最高の本」なんて書いちゃいました。

樽本:PDFで見て嬉しいなと思いましたよ。もっと売れてもいいと思うんですけどね。「短篇小説の快楽」は「文学の冒険」に代わる新しいシリーズを考えろ、というところから始まったんです。最初は「文学の快楽」という名前で企画を出したんですけど、「冗談っぽい」という理由で却下されました。あと英米の作家ばかりだったので、「アメリカ、イギリスばっかりか、失望した」とか罵倒されました(笑)。それで、まあ色々と考えて、いろんな国の、短篇集のシリーズがいいかな、と思いまして。短篇集はあんまり売れないというイメージがあるから、それを逆手にとってシリーズにしちゃおうと思ったんです。「快楽」だけが残りました。

──本当に素晴らしいシリーズだと思います。「快楽」(笑)。

樽本:パンフレットを作るときも、ボルヘスの「短ければ短いほどいい」という言葉を採用しました。長篇小説なんて読んだことないなんて言っているし。

──「『ドン・キホーテ』大好き」って至るところで言ってるくせに(笑)。

樽本:そうそう。「短篇小説こそ小説」みたいな感じでパンフレットを作って、それをやりながら一方でアラスター・グレイの『ラナーク』やサミュエル・R・ディレイニーの『ダールグレン』など、超分厚い作品をやったりもしてます。

──「短篇小説の快楽」の話題が出たところで質問させて頂きたいのですが、第一弾と第二弾はとんとん拍子で出たじゃないですか。その後クノーまでに少し時間が空き、今回ビオイ=カサーレスの朗報を頂きましたが、最後の一冊カルヴィーノはいつになるんでしょうか?

樽本:カルヴィーノは今年中になんとかなればいいな、と思っています。あと、ウィリアム・トレヴァーはまた出します。前回の『聖母の贈り物』はトレヴァーの初紹介だったので、ベスト盤のような意味合いで出版したんです。だから舞台がアイルランド以外のものもあったんですが、今回はアイルランドが舞台の作品に絞って出します。すごく面白いですよ。

──楽しみです。『聖母の贈り物』を読んだときにはびっくりしましたから。

樽本:トレヴァーには私もかなり驚かされました。若島正さんが絶賛されていたので、そんなに面白いのなら、と始めたんです。でも、トレヴァーは既に海外では「最も短篇小説の上手い人」「短篇小説の神」として扱われていて、トレヴァー賞という文学賞の名前にもなっているほどの人なんです。それなのに日本では全然紹介されていなくて。これだけすごい作家がもう何十作と書いているのに全然紹介されていない、というのは不思議なんです。まだまだ他にもこういう作家はたくさんいると思うんですよ。よく「紹介されていないのには理由がある。出てない作家はその程度の作家なんだ」なんて言う人がいるんですが、私はそんなことはないと思うんです。ただ単に出版社の編集者が怠惰なだけなんですよ! 新しい作家をどんどん紹介するのは基本なので良いんですが、その過程で編集者やら翻訳者からスルーされる作家・作品が必ず出てくるんです。選ぶ人の趣味とか感性とか、そのとき流行っていることに影響されますからね。それでとりこぼしたものに凄いのがあったりする。過去数十年、見逃されつづけた凄い作家がたくさんいるはずなんです。トレヴァーのおかげで確信しました。そういう作家、作品をどんどん発掘していかないといけない。新しい作家を探すだけではなくて。それと「翻訳が難しい」という理由もよく聞くんですが、それについても「そんなことはない」とはっきり言える。だってジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』が訳されている国ですよ。あれが訳せるならどんな作品だって訳せますよ。と言うと、「気楽に言いやがって」と怒られるでしょうが……自分で訳すわけじゃないので。

──ありがとうございます。ではフェアの質問に戻って、この53ヵ国で樽本さんの気になる国はどこですか?

樽本:あんまり国単位で読んだことはないんですけど、イタリアですかね。イタリアには狂った作家がもっと沢山いると思うんです。これまで紹介されてきた作家たちはまだ穏やかというか。カルヴィーノだけちょっと狂っていますけど、それでもまだ真面目ですしね。もっと変なのがあると思うんです。

──タブッキやブッツァーティは狂っている感じがありませんか?

樽本:そうですね。でも、もっと狂っていていいと思います。あと、フランスももっと変なのがあってもいいですよね。

──今回のラインアップではフランスは古典が多くなりました。

樽本:古典でも変なのがありますよね。国書刊行会では今度『ジャリ全集』を出しますよ。

──本当ですか? 僕、ジャリが大好きなんですよ。

樽本:そうでしたか。800ページくらいで二段組、箱本の形式で、コラムやエッセイも入れる予定です。

──宝物ですね。今まで翻訳の無かった『昼と夜』をずっと読みたかったんです。

樽本:ジャリは変なんですよ。イタリアとフランスと、あとはロシアかな。ロシアも結構紹介されていますね。あ、でもソローキンは入っていないんですね。

──そうなんですよ。棚が狭くて入れられませんでした。

樽本:最近『早稲田文学』でも新しいのが訳されていましたね。ソローキンはすごい作家ですよ。『ロマン』を読んだ時の衝撃は忘れられない。

──イタリア、フランス、ロシアですね。ありがとうございます。では今度は逆に、一般のお客様がこのラインナップを見て、どの国の本を買っていかれると思いますか? つまり優勝国予想をお願いします。

樽本:難しいな。そういう予想が出来ないのが国書刊行会なんです(笑)。でもお客さんの立場になると、装幀が大事になりますよね。見た目が可愛らしいというか、持っていたいと思うのは、そうだな、スペインのリャマサーレスとかかな。『狼たちの月』。ちょっと渋いけど、これもすごい内容だし是非読んで頂きたいですね。

──あれはいい作品ですよね。

樽本:「戦争に次ぐ戦争アメリカ」はヴォネガットが入ってるから強いかな。表紙も可愛らしいし。ボルヘスもいいんじゃないですか。私はあんまり好きじゃないんですけど。あと、新潮社のガルシア=マルケスのシリーズはカバーを取るとチョコレートみたいな色合いで良いですよね。女の子は喜ぶと思いますよ、しっとりした紙を使ってるし。

──誰も書店ではカバーを取らないですよ(笑)。ではそろそろ樽本さんのベストイレブンをお伺いしてもよろしいですか?

樽本:そうですね。守りと攻めでいいんですよね。じゃあ守りの方からいくと、まず一人は先程お話したトレヴァーの次の新刊『アイルランド・ストーリーズ(仮)』ですね。あとはジーン・ウルフの『ブック・オブ・デイズ(仮)』。12篇入っているんですけど、それぞれが建国記念日とかクリスマス・イブとか記念日にちなんだ短篇となっていて、最後がニューイヤーで終わるというSF短篇集なんです。

──面白そうですね。ではその二作をディフェンスの真ん中に置いて、残りの二人は足が速そうな奴をお願いします。

樽本:足が速そう……やっぱりリャマサーレスの『狼たちの月』とパハーレスの『螺旋』ですかね。木村榮一先生の二作品ですね。

──スペインが両サイドを駆け上がる感じですね。

樽本:攻めるのは、一つが『早稲田文学』に紹介されていたソローキンの『青脂』。いずれどこかから出るでしょうね。あとはまた木村榮一さんになるんですが、スペインのキム・ムンゾーという作家の短篇集。いくつかは『新潮』とかで紹介されていますが、この人も面白い作家なので、いつか出したいなと思ってます。

──ありがとうございます。すごいラインナップになってきました(笑)。

樽本:日本人でも良いんですか?

──もちろんです。

樽本:そうか。じゃああとは深沢七郎にしようかな。「絢爛の椅子」という短篇があって、それがすごいんですよ。これを攻めにします。残るは中盤か。

──そうですね、ミッドフィルダー三人とゴールキーパーです。中盤には樽本さんの人生の三冊を入れて欲しいですね。

樽本:じゃあ、大学でずっとジャリの研究をしていたんで『ジャリ全集』と、あとはラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』と『千一夜物語』。この三冊ですかね。

──いいですね。『ジャリ全集』は本当に楽しみです。では最後のゴールキーパーは何も通さない、全てを拒むような作品でお願いします。

樽本:じゃあ、拒むわけではないですけど『デイヴィッド・コパフィールド』で。四冊もあるので、ボールが入りにくいんじゃないかと。

──量の問題なんですか(笑)。

樽本:でも『千一夜物語』のほうが多いか。入れ替えましょう。ゴールキーパーに『千一夜物語』で、中盤を『デイヴィッド・コパフィールド』にします。ぜったいに中野好夫訳の新潮文庫でお願いします。

──恐ろしいチームが生まれましたね。ありがとうございます。では、最後にフェアに来て下さるお客さんにメッセージをお願いします。

樽本:単行本だと結構高いものがあるんですけれど、それを買わないと外国文学はもう出なくなっちゃうので、文庫本ばかりでなく単行本も買って下さい。今買わないと本当に十年後には外国文学が全く出版されなくなってしまいますから。外国文学は読者にかかっています。

──ありがとうございました。

注1:2010年5月刊行予定のアドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』を指す。

■樽本さんのベストイレブン

FW:ウラジーミル・ソローキン『青脂』

FW:キム・ムンゾーの短篇集

FW:深沢七郎「絢爛の椅子」『深沢七郎集 第二巻』

MF:アルフレッド・ジャリ『ジャリ全集』

MF:フランソワ・ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』

MF:チャールズ・ディケンズ中野好夫訳)『デイヴィッド・コパフィールド』

DF:フリオ・リャマサーレス『狼たちの月』

DF:サンティアーゴ・パハーレス『螺旋』

DF:ウィリアム・トレヴァーアイルランド・ストーリーズ(仮)』

DF:ジーン・ウルフ『ブック・オブ・デイズ(仮)』

GK:『千一夜物語

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(2010年3月15日、紀伊國屋書店新宿本店にて)

(インタビュー・記事:蜷川・木村)

樽本さん、どうもありがとうございました。来月刊行されるビオイ=カサーレスは勿論のこと、カルヴィーノトレヴァー、ジーン・ウルフの新刊も楽しみでなりません。そして何より『ジャリ全集』! 『超男性』をフェアに入れることが出来ずに嘆いていたのが、こんなに嬉しい形で慰められるとは思いませんでした。一家に一冊、今から貯金しておきましょう。その他の近刊予定はこちらから見ることができます。目が離せないのはいつものことですが、今年の国書刊行会には大いに注目する必要がありそうです。