『A Day in a Medieval City』Chiara Frugoni(University of Chicago Press)
「中世イタリアの町の暮らしが分かる本」
昨年の夏休みに生まれて初めてやっとフランスとイギリス以外のヨーロッパに行った。出かけた場所はローマとフィレンツェ。かつて作曲科専攻の学生だった僕は、音楽を通して絵画や彫刻などの芸術史を学んでいった。音楽はバロックとルネサンス(もちろんロックもだが)が好きなので、やはりルネサンス、ロココ、バロック時代の芸術が好きだ。
という訳で、ずっと訪れてみたかったフィレンツェに行けたことは人生の収穫ともいえる出来事だった。
しかし、イタリア人はなにを作るにしても、な〜んであんなに大きくなくてはならないのだろう。広場も家も、家の入り口も「これでもか!」というぐらい大きい。町には塔があり、町によっては金持ちが争って町で一番高い塔を作ったという。
飾り物にしても、しぶい一品を見せるなどということは絶対にない。こちらも「これでもか!」というくらい手の込んだ装飾品を並べている。それもよく見ると、沢山ならんだ飾りものは同じテーマのものだが、少しずつ違っていたりする。
なるほどこれは凄いと思わせるものがフィレンツェには数多くあった。
今回読んだのは「A Day In A Medieval City」。日本語にすると「中世の町での1日」。著者は中世歴史家で図像学の専門家であるキアラ・フルゴーニ。序章には、70年に交通事故で亡くなった、イタリア中世の歴史家だった父親アルセニーオ・フルゴーニが残した原稿が使われている。
表題の「中世の町」は今のイタリアに位置する土地にあった中世の町と言っていいだろう。
キアラの解説は、当時の時間の概念や一日の始まりから述べられ、町の外壁での出来事から、町の中の出来事に移っていく。全体的な流れとしては、朝から夜、町の外から家の中に入っていく構造となっている。
題名からして、中世のある特定の町での人々の暮らしが述べられると思っていたが、内容は少し違った。
内容は当時の絵画やボッカチオやダンテ(どちらもフィレンツェの作家)の記述をもとに、当時、人々がどのような暮らしをしていたかを探るものとなっている。
この本で最もうれしかったのは使われている絵画の多さだった。全体のページ数は、後注を除くとわずか177ページだが、そのなかに150点を超える絵画イメージが使われていた。そうして、なんと全ての絵画がフルカラーで掲載されているのだ!!
これはとても豪華で、読者は大変な得をした気分になる。
絵を見ただけでは、それがどんな絵なのか即座には分からないが、キアラの解説で、その当時の暮らしや考え方の一端が窺える仕掛けだ。
例えばふたりの男が手を繋ぎ合い、赤いマントまとったひとりが何か液体の入ったフラスコを掲げて眺めている。一見して何の絵だか分からないが、キアラの解説でこれは医者が身体の具合の悪い患者を診ている場面だと分かる。
医者は男の脈をみて、フラスコに入れた小便を検査しているのだ。当時、赤のピグメントはとても高価なのもで、よくみるとマントには毛皮の縁取りもなされている。医者はこの時代から、高い治療費を取り裕福な生活を送っていた。もちろん、人体器官の理解はなく、脈と小便の検査だけでいろいろな治療を施していた。
また、腰に袋を下げ、さいころを手にした男の絵がある。これも何の絵だか分からないが、キアラの文章からこれが手紙の配達をする男の絵だと分かる。
当時、町の決まりなどの公の知らせは馬に乗った布告人がトランペットの音とともに告げたが、それ以外にも町の触れ役が住人に知らせを伝え歩くこともあった。また、お金をとりメッセージを伝えるメッセンジャーもいた。彼らは、通りや酒場で客を待つのだが、酒やギャンブルにのめり込んでいる者が多かったという。紹介されていた絵は、ギャンブル中毒の手紙配達人の絵だったのだ。よくみると、男はベルトの代わりに縄をしめ、髪はぼうぼうだ。これからもこの手紙配達人の置かれた状況が分かる。
このような興味深いトピックが次々と紹介されていく。1冊を貫く設定(例えばある特定の家族、ある特定の町の出来事)がないので、まとまりとしてはあと一歩だが、それでも最後まで面白く読めた。繰り返しなるが、カラーの絵がふんだんに使われ、それをもとに解説がなされているのが一番の魅力だ。
このほかにも子供の生活、刑の執行、宗教観、生活のなかの火や水など中世イタリアの町と人々の様子を楽しく知ることができる本だ。