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『 Everything Ravaged, Everything Burned 』Wells Tower(Picado)

 Everything Ravaged, Everything Burned

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「ニューヨーカー誌が選んだ「40歳以下の作家20人」のひとり、ウェルズ・タワーの短編集」


 ニューヨーカー誌が最近発表した「20 Under 40(40歳以下の作家20人)」の一人に選ばれたウェルズ・タワーのデビュー短編集。

 タワーは「20 under 40」に選ばれた時点では37歳。彼はコロンビア大学でフィクション・ライティングの修士号を取得した。賞としては文芸誌パリ・レビューのプリンプトン(ディスカバリー)賞、プッシュカート賞などを受賞している。2009年に発行されたこの「Everything Ravaged, Everything Burned」はニューヨーク・タイムズ紙に取り上げられ、書評家のミチコ・カクタニがその年のベスト10の中にこの本を選んだ。

 この本には表題作の「 Everything Ravaged, Everything Burned 」を含め9作の短編が収められている。アメリカにはジョージ・サウンダースやカレン・ラッセルなどの寓話的な物語を書く作家がいるが、タワーはそれらの作家とは異なり、現実感のあるキャラクターと風景を掘り下げ、そこから一筋の光を与えるという手法を使っている。兄と弟、少年と義理の父、少女と従姉妹などの関係を軸に物語が展開される。

 ニューヨーク誌は彼の作風を男性的なヘミングウエイ、カーヴァー、フォークナー、ロス、チーヴァーなどの作風と比較している。猟での物語、不倫、暴力、飲酒などが題材となっているので、そんなところも上記の作家と比較できるところだろう。

 僕個人としては、にやりと笑ってしまうところもあったが、全体的な読後感としてはカーヴァーと同質のダウンな感覚が身体に残った。

 作品は長くて30ページほど、表題作を除いて全て現代のアメリカが舞台となっている。主人公はほとんどが中産階級の下、あるいは下層階級の上部に属している。会話もその階層の人々の使う言葉で展開され、こんなところもカーヴァーの風景を感じさせる。

 タワーの作品の登場人物はなにも大きな目標など持っていない。自分の生きている限られたスペースの中で、小さな危機を迎え、絶望の闇を垣間みる。タワーの物語の魅力は、登場人物の感情を正確に浮き上がらせる文章にある。それと、読者の心の中でギアがカチャリと音と立てて噛み合うような感情を導く情景描写のうまさだろう。

 荒涼とした景色のなかに続く一筋の光。しかし、その光を追っても救いに辿り着くことはない。読者は、その光を追う登場人物たちの姿を見て、ダウンな気持になるが、一方では心の中に静寂が生まれるのを感じる。

 タワーの物語は、寂しい清涼感を与えてくれる。ジョナサン・サフラン・フォー、ジョージ・サウンダース、カレン・ラッセルなどの「オリジナル」な物語に疲れを感じる人々には、タワーの登場は祝福とも言えるだろう。


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