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『All the Living』C.E.Morgan(Picador)

All the Living

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「ニューヨーカー誌が期待する若手作家の作品」


 人は自分の人生を生きる時、往々にしてふたつの選択を迫られる。ひとつは、自分に課された状況を受け入れ生きていく道。もうひとつは、流れに背いて今ある人生から外れていく道だ。どちらの選択が正しいとは言えず、この大きな分岐点に立ち、どちらかの道に一歩踏み出す決心をするときドラマが生まれる。

 今回読んだC.E.モーガンの『All the Living』はまさにこの選択をテーマとした作品だった。彼女はニューヨーカー誌の「20 Under 40(40歳以下の20人の作家)」に選ばれたひとりとして注目を浴びている。

 このテーマに関して僕などは、日本を出てアメリカに来てしまっているので、課せられた人生から外れた道を選び取っている種類の選択をした人間だ。

 物語の主人公は孤児のアロマ。18歳になる彼女はケンタッキー州の田舎の学校を卒業し、そのまま卒業した学校で働いている。彼女はピアノに優れた才能があり、いつかコンサート・ピアニストになりたいと思っている。才能を磨く機会があれば、まったく夢物語という話ではない。

 ある日、大学の男子生徒たちがアロマの学校を訪れ、そこで彼女は寡黙な青年オレンと出会う。ふたりは恋に落ちて、アロマは初めてのセックスも経験する。セックスのあとアロマはいつかピアノの勉強をするためにこの田舎を出ていく夢を語る。一方、オレンは自分が持つ農場についての夢を語る。ふたりの夢は交差しないが、ふたりはそんなことは意に介さない。

 その後、オレンの家族が交通事故で死んでしまい、彼は煙草農場を受継ぐことになる。アロマはその農場でオレンと暮らし始めるが、農場での生活は全く経験がなかった。

 その年、ケンタッキー州は干ばつに襲われ、オレンはほとんどの時間を農作業に費やす。アロマに課せられた生活は料理、洗濯、掃除、農作業の手伝いの毎日で、それは果てしなく続くように思われた。家には写真や家具、それに使われなくなったピアノが残されオレン家族がここでずっと暮らしてきた形跡がそこここに残されている。しかし、その家は自分とは何も関係のない。

 彼女は地元の教会でピアノ奏者としての職を得る。ピアノは彼女に自由と農場の生活とは別の世界を与えてくれる。彼女はその教会の牧師であるベルに心を惹かれていく。人あたりが良く、社会的にも信頼されているベルはオレンにはない温かさがある。

 農場と教会の行き来のなかでアロマの心は揺れていく。この中途半端な思いはいつまでもは続かない。オレンとの生活を続けるか、オレンのもとを去るかの選択をしなくてはならない時を迎える。

 C.E.モーガンの文章はどこまでもリリカルで、細部に渡る情景描写が尽くされている。ケンタッキー州の田舎の風景、空の様子、道の風景、農場の部屋の風景などがつぶさに描写され、情景をしっかり見せてくれるが、一方では物語のペースを遅くさせていることも確かだ。情景描写はこの作品の大切な部分で、この細部に渡る描写が好きか飽きるかは読者の好みの問題だろう。

 ニューヨークに住みコンクリートと車しか見ていない僕にとっては、土と木々や草の匂いをいっぱい感じさせてくれる彼女の物語は新鮮だった。また、ケンタッキー州というアメリカ南部特有の英語が使われているのも違った土地を訪れた感覚をもたらしてくれた。

 しかし一方でこの種の作品を続けて読むかというと、そういう気持にはならない。やはり、ジェイ・マキナニーウディ・アレン、ノラ・エフロンなどの都会的な作品が恋しくなることも確かだ。

 だが、ニューヨーカー誌が若手作家のひとりに選んだだけのことはあると納得させてくれる力のある作品だった。


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