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『A Stolen Life : A Memoir』Jaycee Dugard(Simon & Schuster )

A Stolen Life : A Memoir

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「11歳で誘拐された少女のメモワール」


 数年前、自分がレイプされた真相を語った女性のインタビューをアメリカのテレビで見たことがある。インタビューの終わりにその女性は「これで、私を見る目が変わったでしょう?」と彼女は言った。

 犠牲者で、社会的弱者だって、どこか、心のどこかで、ちょっとは思ったはずよと笑いながら言った。

 自虐的な笑い顔だったが、そんな風には絶対に思わないとはっきりとは自分自身に言えなかった。

 今回読んだ本は11歳の時に誘拐され、その後の18年間、犯人の男から性的虐待を受け続けたジェイシー・リー・デユガードのメモワール。

 彼女は勇気の持ち主だが、少女を取り巻く社会的危険と、現実の残酷さを思い知らされる本だ。

 事件は1991年6月に起きた。当時小学5年生のジェイシーはスクルーバス停に向かう途中、プィリップ・ガドリーという性的異常者と彼の妻ナンシーによって、家族や友人の目の前で誘拐されてしまう。

 警察や地域の住人による捜索がすぐに始められるが、彼女の行方は分からない。彼女は、フィリップの家の裏庭にある音楽スタジオとして作られた防音の部屋に裸で手錠されたまま閉じ込められ、その後、薬を使った数日間に及ぶ性的異常行為の犠牲となる。

 フィリップは性的事件で仮釈放の身であり、定期的に保護観察官からの訪問を受けていたが、観察官の質問が裏庭に及ぶことはなかった。

 その後、ジェイシーは94年14歳でフィリップの最初の子供を産み、98年17歳でふたり目の子供を産む。どちらも病院ではなく、裏庭でフィリップとナンシーの助けのもとに産んでいる。

 誘拐されてからずっと彼女の世界の中心はフィリップとなり、人間との接触もほとんどが彼だけとなる。この環境のもと彼女はだんだんと洗脳されていく。そして、時が経つにつれフィリップ、ナンシー、ジェイシーのいびつな生活が作られて行く。

 ジェイシーは彼らが決めた「アリッサ」という名前を名乗り、産んだふたりの子供はナンシーの子供で、自分は年の離れた彼女たちの姉だと周囲に語り始める。

 何をやるにもフィリップが決め、全部彼に言う通りにする生活を続けるうちに、彼の世界のなかに自分も入り込んでしまったのだ。

 この本のなかのジェイシーの描写は時には具体的すぎ、ページを閉じて考えをまとめるのに時間が必要になるくらいだ。

 「彼は『run(ラン)』というものについて話し始める。「ラン」とは彼のファンタジーを満たす時間で、私がそれを手助けするのだ。彼は私にきつい服を着させ、おかしな場所に穴をあける」

 ランは薬を飲んだフィリップが、まだ小学生だったジェイシーを相手に時には数日間続けるセックスプレーだ。

 アメリカで大きな話題を呼んだ事件の犠牲者が書いたメモワール。発行と同時に全米ベストセラー第1位となった。


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