『Call If You Need Me : The Uncollected Fiction and Other Prose』Raymond Carver(Vintage)
「苦しかった昔を思い出させる本」
以前、と言ってももう十年以上も前のことだが、僕は住み慣れたアメリカ東海岸を離れ、西海岸に引っ越しをして、南カリフォルニアに暮らしたことがある。
僕が住んだ場所はロサンゼルスからずっと東に行った小さな町だった。近くにはピコ・リベラ、サイプレス、ウエスト・コビーナなどという聞いたことのない名の町があった。
その町で、僕はミュージシャンになることを諦め、30歳半ばにして初めてまともな仕事に就いた。
しかし、毎日が気味なく、どこまでも同じ景色が続く町と、同じことの繰り返しの生活に身体の中が干上がっていくような気がした。
3年後、僕は当時のガールフレンドと一緒にトラックを借りて荷物を詰め込み、車一台を引っ張ってニューヨークに戻って行った。ニューヨークに着いて数ヵ月で、僕はそのガールフレンドと別れた。
僕の生活で何かが変わらなければならなかった時期だった。
レイモンド・カーヴァーのストーリーを読むと、僕は決まってその3年間の生活と、その後のニューヨークでの独りの時間を思い出す。上手くいかなかった恋人との関係や、自分の希望に反して人生をまたいちからやり直さなければならなかった自分と、カーヴァーのストーリーを重ねて読んでしまうからだろう。僕が住んでいたような西海岸の小さな町が、多くのストーリーの舞台になっているのも理由のひとつだ。
当時新たな5本のストーリーが発見され、本としてまとめられたカーヴァーのこの本を手にして、僕は久しぶりに本棚から昔のカーヴァーの本を引っ張り出した。
好きなストーリーを2、3本読んでから、僕はこの本を読み始めた。
ストーリーは、人生における精神的な危機の瞬間を描いた作品が多い。例えば、表題となった『Call If You Need Me』はやり直しをしようと試みるが、もう引き返すことができずに離婚をしてしまう夫婦の話だし、『Vandals』は妻の前の夫の友人たちと時を過ごす夫婦が抱える精神的ダメージを浮き彫りにした作品だった。この本にはそのほか、エッセイや初期の作品、書きかけの長編の一部などが収められている。
カーヴァーも過ぎてしまった時間も、もう戻ることはないとしんみりしてしまった一冊だった。