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『The Struggle for Egypt』Steven A.Cook(Oxford Univ Press)

The Struggle for Egypt

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「エジプトはどこへ向かおうとしているのか」


 今年の2月、エジプトで30年間近く権力を握っていたホスニー・ムバラクが失脚し、エジプトは新たな時代を迎えた。これは、アラブ世界において起こった大規模反政府デモや抗議活動「アラブの春」の流れの中で起こった事件だった。

 今回読んだ本はアラブ世界の中でも大きな影響力を持つエジプトの政治的歴史を追った本『The Struggle for Egypt』。著者は米外交問題評議会中東担当シニア・フェローのスティーブ・クック。

 エジプトで大統領失脚という大きな事件が起こった訳だが、この本はこの事件を受けて即席に書かれた本ではない。内容は1952年のナーセルが首謀したクーデターから、ムバラク失脚までのエジプトの政治の動きを追ったもの。外交専門家の著したものであり、ジャーナリストの描く現場の臨場感や人物像を浮き彫りにさせる感は薄い。しかし、リーダーたちが取った政策や行動がほかの国々や自国民に及ぼした影響の分析など、違った視点で優れた本だ。

 今のエジプト状況の底にはナーセルとフリー・オフィサーズ(自由将校団)が52年に起こしたクーデターがあるとクックは主張する。その根本にあるのは「政権のイデオロギーの欠如」だ。

 このイデオロギーの欠如は、クーデターを起こした時点ではナーセルたちに有利に働く。イデオロギーの曖昧さは民衆の好む考えを新政権に投影させ、旧権力を倒す側につかせる効果があった。

 しかし、この曖昧さは長い年月のなかで姿を変え、自己の権力を維持させるためにはいかなる政策も打ち出すことができる政権を作り出す原因になった。

実権を握ったナーセルたちは、産業や銀行を国有化する社会主義的政策をおこない旧ソ連と近い関係を結んだ。

 しかし、その後に大統領となったアンワル・サダトは、経済の自由化と海外からの投資を歓迎した。しかし、この政策は一部の人々だけを金持ちにするものだった。そして、サダトは親米国路線を取り、宿敵だったイルラエルと平和条約を結ぶ。サダトはこの条約締結によりノーベル平和賞を受けたが、国内では反発が強く、貧富の差も広がり、腐敗も蔓延した。サダトはその反発を力で押さえつけようとしたが、暗殺されてしまう。

 この親アメリカ、腐敗の蔓延、貧富の差の広がりのなかで誕生したのがムバラク政権だった。そしてムバラクはアメリカから多額の援助を受けながら、イデオロギーが感じられない強権な「警察国家」を作って行く。

 この本には、ムバラクを失脚させるために取ったエジプト国民の行動が時系列に描かれている。勢いを失いつつあったデモに新たな息吹を与えたグーグル社のワエル・ゴニムのことも語られている。

 エジプトは民衆の力で政権を倒したのだが、それは、イデオロギーの曖昧さという点、軍部が力を維持しているという点でナーセルたちのクーデターの時と状況が似ていると著者は分析する。

 今後、エジプトがいかなる国に発展していくのかは、国民に任されている訳だが、腐敗と権力のおごりに慣れ親しんだ上層部たちが変わっていくのにはさらに時間がかかるだろう。


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