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『Indecision』Benjamin Kunkel(Random House)

Indecision

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「優柔不断の現代の若者を描いた作品」

 この小説は、辛口書評家として有名なミチコ・カクタニが『ニューヨーク・タイムズ』紙で、彼女にしては本当に珍しく、ほとんど手放しで褒める書評を載せた作品だ。ニューヨークの作家であるジェイ・マキナニーも同じ『ニューヨーク・タイムズ』紙上でやはりよい書評をこの本のために書いている。

 マキナニーは書評のなかで、彼の知り合いの大御所作家が「20代の作家の作品は読むべきものがない」と言っているが、マキナニー自身はそうは思っておらず、その証明となったのが今回出版された『Indecision』だと語っている。

 作品自体は2000年代半ばに出版されたものだが、今の若者の姿が映し出されている。

 

 タイトルのインディシジョンとは日本語で「優柔不断」という意味だ。主人公のドゥワイトはニューヨークに住む28歳の青年。しかし、彼は3人のルームメートと部屋を借り学生寮生活の続きのような暮らしをしている。仕事も客の苦情に電話で応えるという中途半端なもので、大人にはなり切れていない。

 ドゥワイトの最大の問題は、何に対しても心を決めるられないこと。人生に何を求めるのかという大きな問題はもちろんのこと、いま付き合っているガールフレドと真剣に付き合うべきか、友人たちと今夜でかけるべきか、レストランで何を注文するかさえも決められない。

 彼はその解決法としてコインを投げ、その表裏で物事を決める。「このシステムは統計学上から公平な結果を出せる」と彼は思う。そればかりか、薄っぺらで誰にでも見抜けてしまう自分という存在に神秘的な要素を付け加えることができると思っている。

 裕福な家の子弟が通うプレップ・スクールを卒業したドゥワイトは、自分の家が金持ちであることや、自分が実は月並みな男であることが心に引っかかっている。それに、姉のアリスには姉妹以上の恋心を寄せている。

 ある日、プレップ・スクール時代に憧れていたナターシャから彼女の近況を知らせるEメールが届く。ナターシャはいまエクアドールに居て、ドゥワイトにエクアドールに来るように誘う。ドゥワイトはコインを投げ、ナターシャのもとに向かう。

 プレップ・スクール、ニューヨーク、大人になりきれない主人公などは、当然『ライ麦畑で捕まえて』を思い起こさせるが、『Indecision』はサリンジャーの作品と比べると、ずっとポストモダン、ポスト9・11的な作品だった。感受性の強い若者の、社会的意識の形成過程をコミカルにそうして、ある場面ではサイケデリックに描いた秀作だ。


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