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『Behind the Beautiful Forevers』Katherine Boo(Random House)

Behind the Beautiful Forevers

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「インドの経済成長の外にいる人々」

 インド、ムンバイ空港に続く道路。その道路に沿ってコンクリートの壁が伸びている。壁には「Beautiful」という文字と「Forever」という文字が交互に続けて描かれている。この道路はインドの経済成長の証であり、道路沿いには豪華なホテルも立ち並んでいる。

 「Beautiful」と「Forever」の文字が並ぶ壁の後ろに、335軒の掘建て小屋が建ち、約3000の人が暮らすスラム街がある。これがアンナワンディ地区だ。

 ワシントンポストの記事でピューリッツァー賞を受賞したジャーナリスト、キャサリン・ブーは、アンナワンディに暮らす人々の生活を3年半かけて1冊の本にまとめた。

 彼女の最初の本となるこの「Behind the Beautiful Forevers」は昨年の全米図書賞を受賞し、ニューヨーク・タイムズワシントンポストなど多くのメディアから2012年のベストブックの1冊に選ばれた。

 登場するのは学校に通うよりもコーラの缶や金持ちの捨てたリサイクル品を拾い集めるほうに未来があると信じているアブダル。アブダルの家族はヒンドゥー教徒の多いインドのなかで少数派であるイスラム教徒だ。

 そのほかには、アンナワンディで起こる住人間のトラブルを解決し、そこから得た力を使い腐敗した政治を通して豊かな生活に向かおうとするアシャ。

 アシャの娘でこの地区の女性として初の大学卒業を控えているマンジュ。片足の娼婦ファタミ。アブダルの友人でごみ拾いのスニル。

 物語はこれらの登場人物の家族やその生活を描いているが、中心となる事件はアブダルの家族が台所の改築工事を始めることからで起こる。アブダルは優秀なリサイクル品回収者で、ほかの家では得られない収入があった。台所の改築は近所のねたみを買った。特に隣に住むファタミは壁を隣り合わせにしているので大声で文句をつけた。言い争いは激しくなり、最後にファタミが自らに灯油をかけ火をつけてしまう。

 ファタミは病院に運ばれる(この病院もかなり酷い病院だ)。ここからアンナワンディを取り巻く状況が浮き彫りになってくる。まず、アシャがファタミとその家族を黙らせてやると言ってきて金を要求する。この事件は警察沙汰にもなるが、調査を任された巡査が、不利な報告をされたくなければ金をよこせと言ってくる。巡査とアシャは、問題を解決させないためにファタミに自分が火をつけたのは、アブダルたちに暴力をふるわれたせいだという証言をさせる。問題が大きくなればそれだけ自分のところに入ってくる金が増える可能性があるからだ。

 警察はアブダル、父親のカラム、姉ケーカシャンを捕まえる。アブダルの母親はアブダルが未成年(実際には何歳かは分からない)であることを証明するためにお金を払い学校に証明書を発行してもらい、警官のひとりに賄賂をつかませる。

 母親は限られたお金を誰に使うかを判断しなくてはならない。アシャか巡査か、それとも弁護士か。この事件は裁判で争われるが、裁判長はもちろん、証人、弁護士、検察官のすべてが腐敗し機能を果さない司法制度のなかで展開される。

 そして、インドの経済成長に乗り遅れたアンナワンディの住人たちの処遇や運命を気遣う人々はいない。全てが狭い世界での話しだが、この不条理のなかでの生活も現実だ。

 社会の一部を虫眼鏡を使って見せてくれたような優れたノンフィクションだった。


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