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『Tenth of December』George Saunders(Random House)

Tenth of December

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「独特の作風が光る短編集」

1958年にアメリカのテキサス州で生まれたジョージ・サウンダースはいま、アメリカを代表する短編作家といわれている。

これまでサウンダースの作品を読んで、寓話的というか、サイエンスフィクション的というか、ほかの作家とは随分作風が違うなと感じていた。

今回、彼の経歴を調べ納得するものがあった。

サウンダースは、大学で地球物理学エンジニアリングという地球を物理的な手法を用いて研究する学問を学んだ。火山学、気象学、海洋物理学などがこの学問の分野に含まれる。

文学作家としては随分変わった専攻科目だが、彼の物書きとしての出発も変わっている。彼は、ニューヨークにある環境エンジニアリング会社のテクニカル・ライターとして文章を書き始めている。また、スマトラで油田発掘チームのひとりとして働いた経験もある。

大学や最初の職業は技術系の分野だが、大学院はニューヨーク州のシラキュース大学に進みクリエイティブ・ライティングの学位を取得した。

「僕のフィクションのオリジナリティはこの変なバックグラウンドの結果と言えるかも知れない」とサウンダースは言っている。

ということで、今回出版された短編集「Tenth of December」の話。この本1995年から2011年にかけて「ニューヨーカー」誌「ハーパーズ」誌などの雑誌で発表された短編小説が1冊となったもの。表題の「Tenth of December」は2011年にニューヨーカー誌で発表された作品だ。

サウンダースの作品は現代の企業文化やマスメディアを皮肉った作品が多い。例えば「The Semplica Girl Diaries」では、近未来あるいは違う次元の現在、あるいは過去、あるいは未来の家庭で起こる話が描かれる。その世界では「SG」と呼ばれる庭の装飾物を多く持っていることが金持ちの象徴となっている。

娘のクラスメートのパーティに出かけた父親は、その家庭に多くの「SG」があるのを見て、自分の子供に同じくらいの生活を味合わせてあげられないことに罪悪感を感じる。

「SG」の脳にマイクロラインがつけられていて、どうやら人間かなにか生き物のようだ。金持ちが「SG」を誇らしげに客に見せる社会は、どこか抑圧的だ。

そして、「SG」を持てない人間は、それだけで自分がきちんと生きていないのではないかと感じてしまう。

また表題の「Tenth of December」は想像の世界に住むひとりの青年と、病気を患い森のなかで凍死自殺を図ろうとする中年男性の話だ。

ふたりは別々の想いで森の道や凍った湖を進むが、最後にはふたりの人生が交差し、お互いに救いを見いだす。

サウンダースの作品はどれも、物語がどこに向かうか分からない意外性があり、物語の設定が少し変わっている。

しかし、その主人公の悲しみや行き場のない想いなどは、どこかレイモンド・カヴァーに根底で通じるものがある。

一方で一風変わったユーモアのセンスや、サイエンスフィクション的な舞台設定はサウンダース特有のものだ。

「Tenth of December」はニューヨーク・タイムズ紙やタイムズ誌などを含め、アメリカでは高い評価を得ている。


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