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『David and Goliath』Malcolm Gladwell (Penguin Books)

David and Goliath

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「有利さは本当に有利か」

お金をたくさん持てば幸せになれるのだろうか。

これは、微妙な質問で、著者マルコム・グラッドウェルはこの本のなかで次のように答えている。

「幸福について調査した研究者たちによれば、(アメリカでは)家庭の年収が7万5000ドルを超えたくらいで、お金は人々を幸福にする力が低くなる」という。

つまり年収7万5000ドルの家族はそのお金の力で年収5万ドルの家族よりは幸福感を感じるが、年収10万ドルの家族がお金の力で年収7万5000ドルの家族より幸福になるとは限らないという理論になる。

そればかりか、あまりに巨額の財力は、特にその家庭の子供たちにとって不幸の種になることは一般に良く知られていることだろう。

お金を持つことは、人生にとってのアドバンテージ(有利なもの)だが、それがディスアドバンテージ(不利なもの)となる場合もある。

このアドバンテージとディスアドバンテージについて考察したのがこの『David and Goliath』だ。

このタイトルはもちろん、巨人ゴリアテを羊飼いのダビデが倒した逸話からのものだ。戦いの場で、ゴリアテの3メートル近くの身長、青銅の鎧、大きな剣などは有利なものに見えた。一方、鎧など重くて身につけられないダビデの小柄な身体や力のなさは不利と見えた。しかし、ダビデは接近戦を避け、石投げを使い戦いに勝利する。

この本でグラッドウェルは、一般に有利とされているものは実はそれほど有利ではなく、不利とされているものも有利に働くことがあることをみせてくれる。

先ほどのお金と幸せの関係に似たものに、個人学力と学校の関係がある。

例えば、ある優秀な子供がハーバード大学と州立の大学に受かったとする。さて、どちらの大学に進むのがこの子にとって有利なのだろうか。

誰に聞いてもこれはハーバード大学に行く方が有利だと言うだろう。

しかし、果たしてそうなのだろうかと著者は統計を元に問いかける。

どこの大学でも学部の学生をトップ33%、ミドル33%、ボトム33%に分けることができる。そして、ボトム33%にいる学生はその専攻を変える危険が高くなる。

上記のことはどの大学にも共通することだが、注目すべきはハーバード大学のボトム33%は州立大学のミドル33%、あるいはトップ33%に入れる学生だということだ。

つまり、先ほどの優秀な学生がハーバード大学でなく州立大学を選べば、その大学でトップ33%に入れる可能性は高い。

そして、自分の能力を充分に発揮できるのはその集団のトップにいることだろう。同じ学生でもハーバード大学のボトム33%にいるよりも、州立大学のトップ33%にいた方が、能力を育てることができるのだ。

「That the best students from mediocre schools were almost always a better bet than good students from the very best schools.」

自分が熱中したり、力を発揮したりする時は、自分を信じることが欠かせない。周りの人々が自分より優秀だと感じている場合に自分の力を信じることは難しい。一方、自分がリーダー的な存在のとき、自分の能力を信じて、人は自由を得る。そして、その自由はその人を思いもしない場所に運んでくれる場合がある。

アイビーリーグの大学のブランド力という有利さを安易に求めると、その選択がその後の人生に不利となることもある。ハーバード大学で物理や数学を専攻していた学生が、会計分野の専門家になることは多いという。

そんな元ハーバード大学物理専攻の税務弁護士はこの本のなかでこう述べている。

「I think I’m generally pleased with the way things turned out. At least that’s what I tell myself.」

彼は有利と思える大学に進んだ。彼はそこで望んだ教育を受けたのだろうか。

この本では、その他にもビジネスの世界で成功した人の中に、学習障害ディスレクシアの人や、小さい頃に父親や母親を亡くした人が多いことを挙げている。

人生のなかで不利とされるものを乗り越える過程で、人は他者が持っていない力をつける場合がある。その力がビジネスの場面で有利に働くのだが、もちろん全ての人にてとって不利な要素が結果的に有利に働く訳ではない。

この本では、その不利さを有利さに変えるものは一体何なのかは語られていない。何故ある人は不利さを有利さに変えることができ、ある人はそれができないのか。それは心の持ち方か、時間の配分か、それとも外部からのちょっとした助けなのか。

読後にこんな疑問が残る。いつか、グラッドウェルがこの本の続編として、さらに突っ込んだこの質問に応える本を出してくれたらと思う。


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