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『東京都北区赤羽』清野とおる(Bbmfマガジン)

東京都北区赤羽

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「最近の若者は海外に興味がなさすぎる!」と、息巻いているコメンテーターをテレビで時々見かけます。中高年の男性が多いですね。「最近の若者は海外旅行しない。留学もしない。車にも乗らない。酒も飲まない。だから日本が駄目になるんだ。不景気になるんだ」などと、若者が反論しないのをいいことに言いたい放題です。

 むしろ私は「なぜ中高年の人々は、そんなに海外が好きなのか?」と問いたいです。若い頃「海外」に飢えた反動なのでしょうか。それゆえ、有名な観光地をめぐるだけのパックツアーであっても「海外に来ている!」というだけで興奮できるのかもしれません。

 しかし、今の若者は、その気になればハイヴィジョンテレビで世界遺産を鑑賞でき、日本でも本格的な海外料理を食べられ、フェイスブックで海外の友人を簡単に作ることができます。海外に行かなければ買えないものなどもはやありません。私たち若者(私は31歳ですが一応若者に入れておいてください)が、海外旅行に興味がないのは、もはやそこに、大金を費やすだけの価値を見いだせなくなっているからではないでしょうか。

 

 海外よりも、面白いのは日本です。クールジャパンなのです。こう言うと中高年の方々は「ああ、ゲームね。アニメね。漫画ね」と安易な想像をすることでしょう。違います。日本はもっととんでもないところなのです。そのことに若者は気づいてしまった。いまや日本は、海外なんかよりもずっと新鮮で複雑で刺激的だったりするのです。

 そのひとつが「東京都北区赤羽」です。

 主人公の漫画家・清野とおるは、ひょんなことから北区赤羽に移り住みます。交通も便利、商店街もあり、一見住みやすそうな赤羽。しかし清野は次第にこの街の奥深さ、摩訶不思議さにズブズブと足をとられていきます。

 例えばこれは、清野が出会ったある路上ミュージシャンの斉藤さん(実在の人物です)の赤羽の生活を回想した一場面です。

またある日、元・演歌歌手を自称するホームレスから声をかけられ、なんのかんのあって同じアパートで暮らすことになったものの、なんのかんのあってガード下で掴み合いのケンカをして絶交することになったり…。

またある年のワールドカップか何かのサッカーの試合が行われた日に、東口噴水広場で歌っていると…すごい数の提灯を掲げた「町の便利屋」と名乗るおじさんが騒ぎ始めた。(中略)

また別の日…「…私、ペイティと申します」「ペイティ」と名乗るただならぬオーラをまとった中年女性から声をかけられた。

 ちなみに「町の便利屋」「ペイティさん」は、清野の漫画ではお馴染みの、主要キャラ(どちらも実在の人)です。この漫画には他にも、営業中に爆睡している居酒屋「ちから」のマスター、老人ばかり集まる喫茶店で赤飯を手売りする老婆、札束を見せびらかすだけの10万円ジジイ、町中をうろうろしているウロウロ男、亀を相手に酒を飲むおばさんなど、目をそむけたくなるようなキャラ(すべて実在の人々)が、わさわさと登場します。

 どんな町にもひとりやふたりいるけれど、あまりの異質さに見て見ぬふりをしてしまう、社会の狭間で生きているような人々。そんな人々がそこら中を普通に歩いていて、しかも風景に馴染んでいる、それが赤羽のすごさなのです。

 清野はそんな人々に自分から話しかけ、親しんでいます。ある時は全身赤い服で身を包んだおじさんを追跡、おじさんの家にまであがりこんでいます(7巻)。赤羽の夜空に登場して大騒ぎを引き起こしたUFOの正体も暴いています(7巻)。路上の芸術家を名乗る老婆ペイティさんからは、ついに皮膚(本人のもの)までもらいました(6巻)。

 老若男女、相手構わず、赤羽の住人と友情を育み、赤羽という町を深く深く掘っていく清野のおかげで、私たち読者は、テレビや新聞が決してスポットライトを当てない人々の、どこにでもありそうでない異常な文化や、好き勝手に進化してしまった奇妙な町の風景を、どっぷりと楽しむことができるのです。

「若者が海外に興味がない!」と憤っている中高年の皆様、まずは「東京都北区赤羽」をガイドブック代わりに購入してみてはいかがでしょうか。ページを開けばたちまち、インドやコスタリカよりもワンダーな世界へと引きずりこまれること請け合いです。しかも1冊800円。コストパフォーマンス的にも優秀です。そして、この町よりも面白い地域が海外にあるのでしたら、是非教えていただきたいと思います。 


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