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『小学館の図鑑neoの科学絵本 宇宙探検えほん』宇宙航空研究開発機構(小学館)

小学館の図鑑neoの科学絵本 宇宙探検えほん

→紀伊國屋ウェブストアで購入

 私は最近「編集者伝いに本を買う」行為に凝っています。「自分の好みに合う」と思った本の編集者さんを見つけ、その編集者さんが手がけた本を買っていくのです。面白い本にヒットする確率が高くなります。興味のない分野の本に出会える機会も増えます。お勧めです。本に名前が載っていないこともありますが、オープンアカウントでSNSをやっている編集者さんもいますので追っていくことは不可能ではありません。

 さて、今日ご紹介する編集者さんは私のとっておき。『おじさん図鑑』を手がけた編集者だといえばおわかりになるでしょうか。ありとあらゆるおじさんを類稀なるセンスと微妙な愛で図鑑化し、図鑑界にセンセーショナルを巻き起こした名作です。それだけではありません。覚えておられるでしょうか。彼女はあの問題作『あたらしいみかんのむきかた』の編集もしています。

 その編集者さんがつい先日世に送り出したのがこの『宇宙探検えほん』です。ターゲットはおそらく子供や、宇宙にあまり詳しくない人びと。つまり私のことです。正直いって、この手の本は今までにいくつも読んできました。しかしピンとくるものはありませんでした。今回も買うかどうか少し迷いましたが、でも彼女なら、私が宇宙を好きになろうとするとき必ずぶつかる壁を軽々乗り越えるための翼をくれるのではないか。そんな期待を抱いたのです。結論から言うと、やはり期待以上でした。それでは、この本の魅力を順を追ってご説明いたしますね。

①計算しなくていい

 私がこれまでイマイチ宇宙がよくわからなかった理由。それはひとえに、全体像が捉えにくいという点にあります。太陽系の惑星の大きさ比較とか、光の速さで進むと何万年かかるとか、わかりやすく説明してくれようとしているのはわかります。わかりますけれど、その熱意に反比例して心は宇宙から離れていくのです。理科が苦手な人間にとって「数字」とは「思考停止」を意味します。数字を読んだり、「太陽は地球の何倍か」なんて頭の中で計算しなきゃいけないくらいなら、宇宙なんかわからなくていい。こういうアホな人間のことをよくわかっているのでしょうね。この『宇宙探検えほん』ではまず、見開きを4ページも使って絵だけで太陽系を俯瞰させます。

 驚きました。ボイジャーってこんな遠くまで行っていたのですね。よく頑張りましたね。そしてお恥ずかしい話ですけど、イトカワが火星と木星の間にあるなんて知りませんでした。「わりと近い…」って言ったらはやぶさに失礼ですけど、私はもう、この世の果てくらいにあるんだと勝手に思ってましたからね。

②自分が何を知らなかったかがわかる

 実は私、ロケットって何のために飛ばしているのか最近まで知らなかったのです。人や物を宇宙に運ぶために飛ばしてるんですってね。宇宙船も人工衛星もロケットで運ぶんですね。それは大変そう。みんなが「ロケットロケット」言ってる理由がやっとわかりました。「科学者が飛ばしてるんだから何かの研究のために飛ばしてるんだろう」くらいにしか考えていませんでしたから。さて、『宇宙探検えほん』にはロケットの絵によってその構造が示されていますが、宇宙に飛んでいくのは先っぽだけで、大部分は大気圏を出たら捨ててしまうんですね。打ち上げ中継のときにやたら「切り離し切り離し」と騒いでいたのはこのことだったのです。

 そうなんです。宇宙ってすごく途中参入が難しいんです。知ってて当然の知識が多すぎるんです。「スプートニク」「ライカ犬」「ガガーリン」「アポロ11号」など、情報を断片的に、近視眼的に与えられるので、映像や情報を頭の中で体系的に組み上げなければならない。それができないと、自分が何を知らないのか、何を知りたいのか、その入り口にすら到達できない。超面倒くさいのです。しかしこの『宇宙探検えほん』は、終始宇宙産業を少し引いた目で見つめています。そう、これなんです。欲しかった視点は。おかげで自分の知識の穴を発見することができました。この引いた目、というのがなかなか難しいのですよね。さすがです。

③新しい感じがする

 親の若い時の感動話って、子供にとっては面白くもなんともないのですよね。親からドヤ顔で聞かされてさえいなければ、好きになったかもしれないトピックって結構ありますよね。ビートルズなんか音楽の授業で歌わされましたからね。もはやロックでもなんでもないですよね。アポロ11号の月面着陸もそういうところがあります。「宇宙=アポロ=親=古い=手垢がついたもの」みたいな構図が頭の中にこびりついているのは私だけでしょうか。宇宙開発競争の経緯を学ぼうとして、まず最初にくるのが「米ソの冷戦」ですから、その時点で箪笥の奥のほうの臭いが漂ってきますよね。

 しかし『宇宙探検えほん』掲載の「宇宙探検のあゆみ」を見ると、この「古い」部分は宇宙開発史の前半(見開き左ページ)に過ぎないことがわかります。後半(見開き右ページ)で特に目を引くのは21世紀になってからのめざましい進歩。中国という新しい勢力が台頭しはじめ、はやぶさが飛び、宇宙ステーションが完成、民間企業が宇宙船を飛ばし、一般人の宇宙旅行まではじまっているのです。「世界のロケット図鑑」や「世界射場とロケット打ち上げ数」を見ても、新しい時代がはじまっていることは明らか。手垢のついていない、まっさらな未来がそこにあるということを、視覚的に理解することができました。それにしてもなぜ、こういう新しい宇宙より古い宇宙が語られる機会のほうが多いのでしょうね…てっきりまだ古いままだと思っていましたよ。

④トレンディである

 ①~③までを読んで、もともと宇宙に造詣が深い方々はこう反論したいことでしょう。そういう本なら今までにもあったよと。ええ。でもあまり読む気がしなかったのです。なぜか。それが最後のポイントです。宇宙関連の本にはセンスのいい本が少ないのです。うまく言えないのですが、シャツをズボンにインする感覚がそこはかとなく覆っている感じです。それが悪いわけではないのですが、しかしその一方で、宇宙には、キューブリック以来「かっこいい」といわなきゃいけない空気が漂っている。その微妙なズレが、なんかトレンディじゃないんです。

『宇宙探検えほん』はそのズレを敏感に嗅ぎ取っていて、むしろをそのインする感じを武器として前面に打ち出し、「ダサかっこよい」世界として、トレンディにまとめあげています。かつての科学啓蒙漫画を髣髴とさせるようなイラスト。かすかに毒を含んだ写真選び。丁寧に統一された色調。センスの良さが光ります。一般人はまず形から入りますから。「げ」「なにこれ」と突き刺さる、尖ったセンスがないとドキドキできないし、ドキドキできなければ、ただ知識を得るだけの本として読むのが苦しくなってしまうのですよね。この本はそのあたりの読者の心の機微をとても上手にすくっていると思いました。

 長くなりました。やはりこの編集者さんをウォッチしていて正解でした。もし宇宙本に関して私と同じようなもやもやを抱いていた人がいたら、ぜひこの本をお勧めします。まずはこちらのサイトで試し読みしてみてはいかがでしょうか。そして、ロケットが何のために飛ばされてるのか、私が最近まで知らなかったという話はよそではしないでくださいね。恥ずかしいですから。(でも一般人の宇宙の知識ってそんなものですよね…?)


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