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『亜米利加ニモ負ケズ』アーサー・ビナード(日本経済新聞出版社)

亜米利加ニモ負ケズ

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「真の愛国心とは?」

 アーサー・ビナードを有名にしたエッセイ集『日本語ぽこりぽこり』は確かに面白い。大勢に順応しない健全な精神は小気味良いし、権威というものの真の姿が現れている体験談も示唆に富んでいる。例えば、彼がある高校英語教科書の例文チェックのアルバイトをした時のこと。「大学の先生方のお書きになったものなのに、大部分が間違っていてチェックどころか、完全な書き直し。」日本の英語教育界はまだそのレベルなのだろうか。それとも「大学の先生方」の作成した例文というのは、もしかしたら大学院生のアルバイトの作なのか。

 このエッセイ集は面白いものの、視点があまりにも多岐にわたり、少々まとまりに欠ける部分もある。しかし、2011年に出版された『亜米利加ニモ負ケズ』は完成度が高い。面白いものは何でも書いてやろうという好奇心に満ちた精神のみではなく、種々の出来事を通して「事実」を見通そうという作者のエスプリが明確に感じられる。

 ビナードが見ているものは、為政者にとって都合の良い「真実」ではなく、「事実」である。湾岸戦争では「大量破壊兵器」という作られた「真実」によって多くの国民が踊らされ「金儲けのために原油が欲しい」という一部の人々の「事実」は見えにくかった。彼は祖国のアメリカについてであろうと「事実」を語る。米兵が日本で起こす問題に対しても「『綱紀粛正』でどうにかなる次元の問題ではまったくない。」と明言し「『再発防止』のために有効な手段はひとつだけ、軍の基地をなくすこと。」と明快だ。

 それゆえに「アメリカ人なのに反米ですか」と聞かれた事があるそうだ。もちろん、違う。「実際はその正反対だ。批判こそがぼくの愛国心の表われ。軍国の現実逃避から目覚め、世界の中で建設的な役割を果たしてほしいから、あえていうのだ。」彼のような人がいる限り、アメリカには希望がある。振り返って我が国を見ると、ビナードのような真の愛国心を持った人の姿は見えてこない。「愛国心」を振りかざして、亡国への道を盲進する人ばかりが目立つ。

 オバマ大統領の前に、ブッシュ大統領が再選された時、私の勤務するInternational School of Parisに一通のメールが回ってきた。送り主はハーバード大学プリンストン大学等のアメリカを代表する大学の学生たちで、内容は「ブッシュ大統領が再選されましたが、49%のアメリカ人はそれに反対したことを忘れないで下さい。」というものだった。若者の「愛国心」と、当たり前の「事実」に感動した。日本では先の選挙で約四分の三の有権者が現政権に賛成しなかったのに、その声はなかなか聞こえてこない。都合の良い「真実」に隠された「事実」は何処に行ったのか。

 ビナードが言葉から探る日米関係のあり方は、鋭い。青森に対する愛情も素晴らしい。心が女性でありながら男性の身体を持って生まれた人々の苦しみに、生まれながらの女性が鈍感でありがちなように(もちろん逆の場合も同様)、日本にいる日本人は日本人である事の素晴らしさともろさに、鈍感となっているようだ。それを明確に指摘できるのは、海外在住の日本人であり、日本在住の外国人であるに違いない。


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