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『生きよ堕ちよ』坂口安吾(大和出版)

生きよ堕ちよ →紀伊國屋書店で購入

「人間は堕落する」
アナーキーな理想主義」


 何か坂口安吾と言うと、高校の頃は下校時に神保町を歩く一つのファッションのような響きがあった。

 これもまた絶版に近い本なので紹介するのもどうかと思ったが、この「生きよ 堕ちよ」というタイトルそのものが気に入っていて、一先ず選んでしまった。 本書の内容の『堕落論』『続堕落論『日本文化私観』『青春論』『恋愛論』などは既に文庫でも出ているので、内容を読むことは出来る。

 その有名な『堕落論』だが、「人間は堕落する。人間は生き、人間は堕ちる。人間は可憐(かれん)であり 脆弱(ぜいじゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱 すぎる。正しく堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わな ければならない。」と言い切り、学生の頃、初めて読んだ時は、他の作家のセンテンスもそうだっ たが、そのファッションのような格好良さに惹かれ、ところが今ではその真実に心底惹かれる。ロックというカルチャーも同じ趣向があり、初めは格好良さに惹かれ、年を取るごとに、そういう真実が見えてくる。

 坂口安吾と言えば「小説よりもエッセイの方が面白い」とは、巻末の解説の奥 野健男氏(大学の大々先輩で理工系ながら「文学は可能か」などを執筆し、ペンクラブの理事をされた方)の弁であるが、言い得て妙である。ところがそのエッセイにしても私小説を読む感じがするのが坂口安吾の魅力なのかもしれない。

 エッセイを読むと、何故かいつも横光利一の短編「蠅」を思い出す。馬車に乗り合わせた人達の日常の詳細が語られ、最後の数行で全てが終ってしまうという語り口で、初めて読んだ時は、とてつもなく興奮したものだが、文学史的な関係は何も分からないが、その時代背景か、坂口安吾と分母が同じ数で割れる感じがする。『白痴』までくると太宰治石川淳の方と共通項が出て来るだろうが。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/2302_13371.html

 自分が年を取ったのか、時代の理解が追いついたのか、改めて、しばらく休みを取って、ひなびた温泉宿ででも坂口安吾を読み直してみたい気がする。その時は、浅野忠信演じる『白痴』も要チェックリストに入れておかなけらばならない。「地雷を踏んだらサヨウナラ」的なのか、いや、奥野氏曰く「求道と破壊の中で」ある意味、アナーキーな理想主義を貫くハードロックのリフのような勇気を少しでも感じてみたい。

 蛇足だが、坂口安吾は、それこそ1日4時間の睡眠時間で過ごし神経衰弱になったそうで、寝不足になると彼の文章が恋しくなるのと何かリンクされているようで、同じ睡眠不足ながら、神保町の古本屋で買いもしない初版本を見つけ ては、なりきった感じになっていた若さが今さらながらに思い出される。

→紀伊國屋書店で購入