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『プルートウ』(小学館)

01zou →紀伊國屋書店で購入

「言葉では伝えられない記憶」

実は、最近の漫画のトレンドを知らない。
ゴルゴ13」とか「人間交差点」とかは、夜行列車の窓の奥の暗闇にゆっくり後ろに移る民家の明かり、思い出したように窓に写る自分を見ながら読みふけ る、一瞬中島みゆきではないけれど、時代的にはそこで止まっている。

あしたのジョー」「巨人の星」は初版本から揃えている。絵は、ちばてつや川崎のぼる、原作はそれぞれ、高森朝雄梶原一騎、同一人物である。本名は、高森朝樹。空手バカ一代タイガーマスク侍ジャイアンツ、愛と誠。 豪放磊落とは彼の為にあるような言葉。明け方に見る「沈む月、昇る太陽」でいつも梶原一騎を思い出す。これは星飛雄馬の名場面の一つ。

実は、ちばてつやの作品は、誤解されては困るが、少女漫画の時代の作品からかなり揃えている。「島っ子」だとか「テレビ天使」だとか、それ以前から殆 ど網羅したと思うが(ちばてつや曰く、理想の妹を描いたということだが)その後「あしたのジョー」にしても、ちばてつやの描く女性のキャラクタには、かなり魅了されてきた。最後には嵐が来て、気丈に振る舞う主人公、そして夜明けにたたずむというラストシーン。女性の主人公としては最後の作品に近い 「蛍三七子」に到っては、当時からして環境問題に取り組むような先見の明がある。それはともかく。

本題は「鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」をモチーフにした浦沢直樹の「プルートウ」で、題名のフォントが手塚治虫っぽくて雰囲気だが、無茶な挑戦をしたな、と思いつつ、先に進むにつれて、その独自の世界に引き込まれて行く。この御時世「Shall we ダンス?」のリメイク版は観ていないが、この「プルートウ」は徐々にリメイクに終らないガチンコ勝負の意気込みが伝わる。

実は、光文社のカッパ・コミクス「鉄腕アトム」も初版本で全巻揃えている。 親父がリアルタイムで毎月買ってきてくれた。130円、帯にアトムシール、裏 表紙はマーブルちゃんの宣伝が相場で、月イチの楽しみだった。
「地上最大のロボット」は2冊に分かれ、最後にアトムが、戦いの愚かさにたたずむラストシーンで終る。今思うと、後半になると、いわゆる悪役ロボットのプルートウ力石徹にだぶってくる。不思議なシンパシー、死ぬなよ、と。

実は、何年か前の朝日新聞に「蛍の木」の記事が出ていた。手塚治虫が見たかったもの、というスタートで、それを見ずして亡くなられた、という話で、何か「蛍三七子」のラストシーンのようで印象に残っている。

漫画と言えども、と言って言葉がつまる。言えども、と言ってはいけない。最近のトレンドは知らないが、それまで世の中になかったものを創造するということに対する憧憬、これもまた文化である。

プルートウ」の中で、ロボット同士がメモリースティックをやりとりするシーンが何回か出て来る。
・・・
「人間はなぜ、あんなモニュメントを建てたがるかわかるかい?」
「忘れてしまうからだ」
・ ・・
「なあ、俺達は進化していると思わないか?」
・・・
「ところが俺たちはどうだ。メモリを消去しない限り、記憶はいつまでも残る」
・・・
「人間の記憶ってのは便利なものでね。忘れるっていう機能があるんだ。つらい記憶をためこんでいくと、生きていられなくなる。で、忘れるわけさ。」

でも、忘れられない記憶がある。
人間は皆、そんなものを引きずって生きる。
時に、忘れた記憶もよみがえる。
良くも悪くも、頭のどこかに消去されずに残っている。

プルートウ」は、後半にならずして、不思議なシンパシーを感じる。

病床に伏す親父の頭のどこかには「鉄腕アトム」を毎月買ってきてくれたというメモリがあるはずで、せめてでも、その頃の嬉しかった記憶を消さないでほしい。言葉では伝えられない記憶。言葉にならない気持ち。手を握り返すだけで、せめてもの親孝行。

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