書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

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気がついた気になる雑誌<br>『Sound & Recording』293号<br>「膨大な数のモジュラーシンセで作り上げた最新アルバムの秘密」<br>(リットーミュージック)

19_sound.gif →紀伊國屋書店で購入

「2度とその音に戻れない
 明らかに一線を画する
 卒業写真のあの人は
 優しい目をしてる」

首都高速の3号線を上ると、真正面に六本木ヒルズのビルが見えてくるということに最近気がついた。何か昔どこか気になる映画で観たような、異様に巨大な塊が、地面につきささるように青黒い夜空にそそり立つ。というのも、仕事場からの帰りの時間は渋滞もなくなり、普段は下を走るか、東名を帰るにしても環八で降りてしまうことが常だったので、そういう風景になっていたとは、つい最近まで気がつかなかった。

私の趣味は、何が趣味かと言えるか分からないけれど、一つ言える事は、気に入った音楽を聴きながら、深夜か明け方の首都高や高速を飛ばすこと。飛ばすといっても、車高低く、地面をはうようなスピード感を楽しむ時代は過ぎて、エンジンに余裕を持ったまま、東京の夜景の季節毎に変わるカラフルな色調をバックに、気に入った曲を聴くために走る、という。車が趣味、ドライブが趣味、というよりは、何かちょっとキザですが(磯村尚徳講談社)、洗車が趣味って分からないでもない時期もありましたけど、今の生活のリセット感はここにある。自分でrecordingするように、ゆっくりと飛ばす。唯一(でもないが)贅沢な時間と空間。色々なスト−リーが頭をよぎる。これは使えるかも、とか。

冬は冬で、暖かいオレンジ色に映える東京タワーのライトアップは、夏の夜空をバックにすると心なしか青っぽい。(BGM:夜空ノムコウ

曲の設定もまた、淘汰されたイメージがある。
1号を羽田方面から上る時は、ソロになってからのポールロジャースのAll Right Now〜Little Wing(クロニクルから)。2号の上りはZeppelinのNo Quarter。4号はハイファイセット荒井由美(…)。5号はボブジェームスのAngela(特に明け方に有効)。申訳ないが6号と7号と9号は、あまり使わないのでゴメンナサイ。そして3号は、この10年来の私の安息の地、nine inch nails、この春からはwith teeth。
経路ごとにセットリストを換える、というのも趣味というか秘かな楽しみで、自分へのご褒美のような。で、ボリュームの設定はというと、超ラウド系か超癒し系の両エクストリーム。その時の気分による。

顔なじみの守衛さんには簡単な敬礼のような感じで手をあげてゲートを通る。
守衛さんも「ああ、どうも〜」みたいな感じで車を覗き込むが、ある日「はて?」みたいな顔をされて、ふと気がつくと密閉された車体がびびる程の音でエミネムを聴いていて、多分外には「ズック♪ズック♪タ〜、ズック♪ズック♪タ〜」みたいな、深夜の大宮の駅前通りで聞かれるようなリズムが響いていたに違いない。電車の車内のヘッドフォンからもれる「シャカ♪シャカ♪チ〜」よりタチが悪い。なので、最近は入構する時は「入構許可証よ〜し、ボリューム下げたよ〜し」と指差し確認することにしている、とはサンマちゃんの作り話ほど(でもないが)かなりマジで。

で、最近、もっと気がついたことは、音の設定。
通常、低音はmax、高音はmiddle、音のバランスは前後左右とも中央、というのを車種が替わっても4半世紀程つらぬいて来た。所が先日、あれ待てよ、と思い、with teethを機に一念発起(でもないが)もしかして、と思い、前後のバランスを30%ほど後ろに寄せたら、何と今まで聴いていた曲に違う音が聴こえるではありませんか。
スピーカーの重さや固定され方にもよると思いますが、前方奥から今までに聴こえなかった打ち込みループの高音が、それも高音は抑えたはずなのに、そして後ろからベースラインが、それも心なしかディレイ(遅れ)を持って聴こえて来るではあ〜りませんか。思わず聴き込んでしまい、ドップラー効果か?とか物理の成績を疑われる戯言(たわごと)もつかの間、実は東名の出口を通り過ぎてしまい首都高の3号の上りに入って行ったのでした。

今月号のSound & Recordingにはnine inch nailsのサウンドデザイナー、私の救世主トレントレズナーの「マッドサイエンティストの実験室のような」プライベートスタジオが公開されている。そしてビョーク、エミリーシモン、坂本龍一、Charと続くと、私の趣味そのもので、このままでは人に見せられない、と思わず書棚にあるその号全部を買ってしまおうかと本当に悩んだ(でもないが)かなりマジで。(<この辺がループ手法です)

「オレの生活がいわゆる中毒と絶望に見舞われて」
「ありのままの自分に自信が持てるように、うっせきしていたウミを流しにかかった」
「オレは自分をずっとごまかし続けていたんだ」
「人生もそうだが、創作もしらふの方がうまく機能する」
「オレと同様に不完全なもの・・・パッチを変えたらもう2度とその音に戻れない」
いや、今までのロッカーとは明らかに一線を画する。

この手の雑誌には目がない。いや、まんまと編集者の意図にはまる、というより、自分の趣味の琴線に触れると全部買って読んでしまう。全部はその全部じゃなくて、この全部。
この手の雑誌には、このサンレコは一番プロ御用達っぽくて好みですけど、最近ではDTM(寺島情報企画)やSound Designer(アポロコミュニケーション)も台頭してきて、要チェックです。ブルータスになってもターザンになっても、まんまとはまるポパイ世代は、それでも自分たちが編集出来る身分になって、増々御用達っぽくなる。最近ではクラブ系のGroove(リットーミュージック)も要チェックで増々忙しい。何か自分の本棚に並ぶ雑誌の変遷を見ると、私の人生そのもの(でもないが)趣味そのものになる。これはいわゆる一般書籍とは違って話題や書評に左右されることなく、身近な本能的な即決購入があるだけにより如実になる。

どこか気になる映画が思い出せない。

六本木ヒルズが2001年(宇宙への旅)のモノリスの様に見え始めると、with teethが違って聴こえる相乗効果で、思わずスピードを落としてその原風景と曲調の相乗りを味わう。実は高音をmin〜middle〜maxと変化させるとさらに違う音、そしてトレントの意図が聴こえてくる。味わうというよりはシートとハンドルとヘッドでリズムを取る感じで。

2001年はもう過去になり、突然FMからツアラトウストラが流れて来て、突然見 晴らしの良くなったどこかの夜明けの高速を走ったのはいつだったか。

soundは風景と相まって人を写す。弾く者も聴く者も。贈る者も受け取る者も。
even deeper...

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