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『藝大生の自画像』河邑厚徳(日本放送出版協会)

藝大生の自画像

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「気がかりでミーハーで文化の香り」

嫉妬に満ちた、それ以上に恐れに近い一番の気がかりは、攻撃的な松井冬子さんです。女子美のスキンヘッド時代にお会いしたかったものです。彼女の「この疾患を治癒させるために破壊する」は圧巻ですし、今年の12 月に九段で予定されている個展は必見ですし、書評という意味では今年の秋に出版予定の画集は、出版以前に私が書評しますと予約したいものです。

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夏休み、ウチの子供達は上はライフセイビングで2ヶ月間海に泊り込み、下の子はサッカーの合宿、夏練続きと、こんなに早く夫婦だけの生活になるとは思ってもいませんでした。夏休みに子供達と家族旅行するなんて、あっと言う間に過ぎてしまいました。

そうなると我々夫婦だけが家にいて、そして二人で外に出ることがまた多くなるのですが、例えば今年の六大学の開幕戦ですが、ぴあで衝動買いをして二人して初めての六大学観戦となった分けですが、ある意味見慣れたプロの野球観戦と違って、外見は大人なのですが大人に成り切れない何とも不思議なおもはゆい想いが伝わって来て、本当に見て良かったなあと思いました。ミーハーと言われようが、兎に角「いわゆる一つの歴史的瞬間ですか」にいるっていうのが快感です。そんなこんなで「何でもミーハーで何が悪いですか」が多いのですが、今年の夏は何故か上野の藝大の「自画像の証言」が気がかりで、ミーハー以上の気持ちで、ややエリを正して二人して行って来ました。相変わらず上の子は海、下の子はサッカーと、子供は炎天下気にせず真っ黒な子供の世界で、大人は日傘をさしながらの大人の世界というところです。

昨年の9月30日と2005年4月25日にも書きましたが、私のどうしても気がかりな佐伯祐三の自画像もあると期待して行きましたが、実は実物は藝大にはなく、プリントの展示でしたが、それでも青木繁はあるは藤田嗣治はあるは荻須高徳はあるはで、近いところでは千住博、そして松井冬子、となります。そういえば下落合にある佐伯祐三のアトリエとか某画廊を捜して歩いた頃から、夫婦だけで行動することが多くなったような気がしますが、今回は佐伯祐三の第2弾ということになりました。

陳列館の1階と2階とでは、戦前戦後のような感じですが、技術的にも非常に高いレベルになった戦後よりも、いかにも西洋の画法を勉強しています、という戦前の苦悩に満ちた自画像の方が、大人としては何かぐっと来るものがあります。ある意味見慣れたプロの画廊巡りと違って、外見は大人なのですが大人に成り切れない何とも不思議なおもはゆくもない想いが伝わって来て、本当に見て良かったなあと思いました。しかし、大体大学4年生ですから、その時何を想いながら描いたのかと想いを巡らすと、計り知れない重さと、良い意味での青臭さと未熟さに胸を打つものがあります。また自画像を描く事自体、実は非常に難しい課題であると同時に、非常に良い課題であることにも気がつきます(黒田清輝の功績です)。

実はNHKの特集は見ていません。

何か事後の評判しか見聞きしませんが何れにしても藝大もNHKとタイアップして企画するという一つのビジネスモデルを垣間見る感じがします。そういう意味でも松井冬子さんというのはVOGUEな女性ですし、その象徴のような感じであります。何れにしても才能のある人は、我々凡人には出来ない、出来るだけのことをやってのけて、出来るだけ我々にその非凡な才能を見せつけてもらいたいものです。そんなある意味サリエリ的快感でここまで来ています。

兎にも角にも松井冬子さんの自画像は、何か既に念がこもった感じで、時の人でもあるのですが、どうしても立ち止まってしまう作品でもありました。

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久しぶりの上野は「ALWAYS、三丁目の夕日」で掘北真希集団就職で上京した場所ですし、そのCGの巧みさには脱帽ですが、その昔ウイーン少年合唱団で文化会館に来たという、そうすると映画の「青きドナウ」や「野ばら」とか「菩提樹」の話もしたくなるのですが、それはまたいつか。で、今回、藝大は今までに何回も行ったはずなのですが、野口英世銅像を初めて見ましたし、東京に生まれ住んでいながら初めて西郷さんの銅像を見ました。

「西郷さん見たことなかったの?

 でも西郷さんって、もっと正面見ていなかったっけ?

 な〜んだ、少し右から見れば、やっぱり正面見てた」とかで

「な〜るほど」とサイエンティフィックな夫婦の会話です。

それからアメ横も初めて歩きました。

アメ横も来たことなかったの?」

いやはや、中居君とか浜ちゃんとかぐっさんが好きそうなスタジャンもありました。こりゃまた時間をかけて来なければ・・・。

藝大生もいれば、浮浪者もいれば、声をからして値引きするお店の人もいる。自画像からアメ横まで、やはり上野は気がかりな文化の香りが混在するミーハーでハイブリッドなブレードランナーの街であります。

加えて一つ印象的だったのは、西郷さんの銅像の前で、記念写真を撮る老夫婦とその家族が、記念写真をデジカメで撮っていたことです。銀塩カメラではなくデジカメ、というところが何故か上野にしては不思議な光景に見えました。上野駅とそのCG、自画像の戦前戦後のような、西郷さんは同じ正面の空を見ていても、その下で文化は確実に大きく変わって行っている、ということですね。

それにしても、次は国立新美術館、そして**美術館のガーデンテラスにも行かねばと、帰りの電車の中で半分居眠りしつつ想いを巡らすのでした。

知性って、すぐ眠りたがるから(仲畑貴志桃井かおり

こうして今年の夏も過ぎて行きます。

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蛇足ですが、同じくVOGUEな女性で「会って一番感激した人は?」の質問に「ジェフ・ベック、カリスマは力抜けてる」と答えた桃井かおりさんも、バレエ留学帰国直後にNHKで紹介された頃から相変わらず気がかりです。そういえば桃井さんも女子美出身でしたね。


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