『東京ミッドタウンのアートとデザイン』清水敏男【監修】(東京書籍)
「体がよじれる時
四人囃子の復活
空を見上げる時」
かつて私が日本に住んでいた頃、六本木にお気に入りの奇妙なテラスがありました。
右はリッツカールトン、少し右奥には東京タワーの先っぽだけが見え、正面にはカタツムリのようなオブジェ、その左横にはQと書かれた食べ物屋の屋台の青いバンが2台停まり、もっと左は乃木坂に続く。
そのテラスにすわると、目の前をリッツカールトンから出てくる高級車と後部座席に乗っている人の見えないタクシーが横切る。ピットインさながら、富士スピードウエイよりももっと目の前だが、花屋敷のコースターのように、乗っている人にとっては、何でこんな近くに軒先(のきさき)があるんだ、と通り過ぎながら振り返っているに違いない。
私はいつも24時間営業の食料品店Precceで缶ビールとお弁当を買い、そのテラスのポールポジションに座る。時間によっては、大体ライブの2部の始まる時間前には、まい泉のヒレかつサンドが20%引きになっているので、それだけで今日は得した気分になる。勿論これから行くビルボード東京で食事をすれば良いのだが、このチープな庶民的リッチ感が何か東京ウオーカーというか奇を衒(てら)ってて嬉しい。
「東京って案外ヘリコプターが多いのね」と空を見上げながら彼女は言う。
確かに今夜は日が暮れてからヘリコプターが多い。
「昔、防衛庁だったからなあ」と我ながらロジックが微妙に揺れている。
彼女は分っていても、右やや後ろの椅子で、ゆっくりと笑っている。
英国にいた時もそうだが、街中なのに隠れ家のようなスペースを嗅ぎつける。そこのタバコ屋の横丁を曲がった、そうそうそこそこみたいな感じで。
東京ミッドタウンにビルボード東京が出来て1ヶ月もしない内に、Larry Carltonは来た。
食事をとらない4階のカジュアル席でも十分目の前にLarry Carltonはいる。
ルーム335しか知らない観客は、ワインに体をよじらせて観入る我々のカジュアル席を上目使いに、ディナーにご歓談する。
(ちゃうねん、Sapphire Blueは、宝石とはちゃうねん)
(ちなみに孫のSapphireちゃんに捧げたBluesです)
(ちなみにFirewireは、夜の彷徨や夢飛行には最適です)
(ちなみにSteve Lukatherとの共演も必見です)
(ちなみにJeff Beckのトリビュートのギター殺人者の恋人達も必聴です)
(ちなみにドラムはカリウタさんです)
1週間通しのビルボードライブの大トリ、土曜日の2部は5分遅れで始まった。相変わらずLAXスタジオミュージシャンの格好のLarry Carltonは、徹底したブルースながらもCarlton節を盛り込んでくれる。そして左指だけでかすかに聴こえる静かなトーンに想いを込める。ブルースのコード進行を知らなくても、その音に込めた想いは伝わる。
そういえば富士スピードウエイで観たFourplayの時、飛行機が遅れて到着、メインステージではSantanaとJeff Beckの共演が始まり、Fourplayのステージ前には100人位しかいなかったけれど、その時よりももっと自由な音取りで、当たり前ですけど、もっとブルースに体がよじれてしまいました。
(娘がねじれる時は、なぜか上海のB面です)
かつて物性研に向う斜めの道は、今や六本木に残る唯一に近い地元の夏祭りが開催される場所になっていますけど、その天祖神社を右に、突き当たりを少し左に登ると、政策研究大学院大学とそして右側にそのウネウネとした国立新美術館が観えます。さすがに観光名所になりつつあるので、アジア系の観光客の記念写真撮影が多いですけど、物性研と生産研の時代を知る者にとってみると、何か感慨深いものがあります。日が暮れてからの国立新美術館はその白さがより映えて見えます。
生産研には高校の同級生がいて、億単位の予算を動かしていました。
あいつは高校受験で■高に受かりながら、親父さんに■高に行ったら勉強しないでそのまま■大に進学するから、ギターを買ってやるから都立に行けとか言われて、私と同じ武道館に近い都立に入学して、結局2浪して■大に入ったという、何だ?■の悲劇?みたいな愛すべき同級生ですが、新宿厚生年金の四人囃子の復活ライブでバッタリ会いました。
「お〜いるじゃん」みたいな感じで。
「Wishbone Ashってどこ行ったんだ?」とか言いながら。
あいつは■大で、やっぱりバンドをやって、シーナアンドロケッツだったかの前座かまで行ったはずで、ライブで歌詞カードを配るという、Crimsonかみたいな歌詞を聴いてくれのような、それより、神保町で学生運動の記録本にウキウキしてたやつなので、その、なご〜り雪も降る時を知るというやつで、ビラ配り感覚だったのでしょう。
かつて私がその前に日本に住んでいた頃、伊香保の美術館にお気に入りのテラスがありました。画廊の後ろにはAndy Warholのトマト缶のオブジェがありました。
不思議なテラスは、StonesやGenesisのように、誰にでも理解してもらいたいけど、誰にも理解してもらいたくない、そんなテラスです。
日本を離れる前に、日が暮れてからもう一度ボーっと静かに観ておきたい、そんなスペースがあります。彼女があの空を見上げながら、あの時を信じてくれたなら、私もあの空を見上げよう。それくらいは、時代は待っていてくれるだろうと想う。