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『長崎出島 オランダ異国事情』西和夫(角川書店)

長崎出島 オランダ異国事情

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 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。



 長崎の出島に行かなくても、http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/dejima/index.htmlを見れば、「甦る出島」が「出島ヒストリー」「もの知り眼鏡」「史跡・建造物めぐり」「新しい出島の誕生」と手に取るようにわかり、いろいろな疑問にも答えてくれる。最新の情報は、「美由紀の出島日記」が教えてくれる。実際に復原された出島を訪れると、日本人の通詞(通訳)が展示のなかに映像で出てきて、説明をしてくれる。しかし、その復原された建物も、説明された日常生活も、そんなに簡単にわかったわけではないことが、本書を読んではじめてわかった。


 著者、西和夫の専門は、日本建築史で、「長崎市設置の建造物復原検討委員会のまとめ役として」出島の復原に取り組んだ。素人考えでは、建物の絵や模型があったことから、簡単に復原できるものと考えられた。ところが、建築史が専門である著者の目でみれば、「絵を調べてすぐにわかったのだが、描写は矛盾だらけで、それをもとにして建物を建てることはできない。また模型はあくまでも模型で、それを拡大すれば建物になるわけではない」ということがわかり、「資料集めからスタートし」、「基礎的な問題から検討しなければならなかった」。


 著者は、その検討作業を通じて、出島の実態がわかっていないことを痛感することになった。そして、「建物の正確な位置、間取り、あるいは外観、これらは、復原検討委員会の検討の結果、はじめてわかってきた」。「そのような検討の成果を、広く読者にお伝えしよう、これが、本書の最初の主旨であった。また、建物の検討を通して、人のこと、時代のことなど、さまざまなこともわかってきた。それもぜひお伝えしたい。出島を理解するためには、出島の中だけでなく、より広い視野をもつことも大切だ。オランダ人の墓のあった悟真寺、長崎から江戸へ行く人たちの通った長崎街道、そして出島に出入りした多くの人々のこと。それを総合させた時、はじめて出島がどのような場所だったかがわかってくる。出島のオランダ商館は日本の歴史の中でどのような役割を果たし、どのような意義をもっていたのか、それが次第に見えてくる。これも本書の大切な内容である」ということで、本書のような内容になった。日蘭交渉史を専門とする文献史学だけではわからないことが、建造物の復原を通してわかってきたという意味で、本書はひじょうに興味深い。


 本書を読んで、もうふたつ別の視点があると、もっと出島のことがわかるような気がした。ひとつは、オランダのライデン大学付属植物園に、商館医のシーボルトが持ち帰った日本の植物が植えられていることである。逆に、出島資料館の側には、県の天然記念物に指定されているデジマノキがある。これは、東南アジアに分布するナンヨウスギ科の植物で、出島のオランダ人が移植したものと考えられている。長崎市内の公園にも街路にも、日本ではあまりお目にかかれない外来植物がみられる。長崎には、蘭館だけでなく、中国人のいた唐館もあった。唐船とよばれた中国船も入港していた。そのなかには、いまのタイやカンボジアからの「唐船」もあった。外来植物が、「鎖国」とは違う事実を物語ってくれはしないだろうか。


 もうひとつは、本書の「コーヒーを飲む」のところで、「もしかすると、フィルターで濾さなかったのだろうか」と述べていることから、著者にインドネシアの知識がないことがわかった。オランダ船は、ジャワ島のバタヴィア(現在のジャカルタ)から出島にやって来た。いまのインドネシアなどでは、炒った豆を粉末にしてお湯を入れ、粉末が沈殿するのを待って、その上澄みを飲む。粉末だから、フィルターの目を通らない。出島のオランダ人も、そのようにして飲んだ可能性がある。また、本書では、「蘭館図」に描かれているインドネシア人のことが、まったく書かれていないが、川原慶賀などが描いた出島にはけっこう登場している。数人で西洋の楽器を演奏したり、バドミントンを楽しんだりしている。「甦る出島」では、「オランダ人の身の回りの世話をする黒人奴隷」と書かれているが、明らかにバタヴィアからお供をしてきたインドネシア人だ。給仕をしたり子守をしたりしているだけでなく、楽団の演奏者もいるので、インドネシア人のことがわかれば、もっと出島の生活の様子がわかっただろう。


執筆者からのお断り

 この書評ブログを担当して、丸1年になりました。最初お話をいただいたときに言われた「最低1年間、毎週更新」を実現したことになります。毎週定期的に更新することによって、固定読者がいることがわかり、励みになりました。この場を借りて、お礼を申しあげます。その読者のみなさんに、お断りをいたします。この1年を機に、投稿回数を減らすことにしました。講座ものなどの論文集や書評ブログでとりあげにくい本の読書数が減ったためです。これからは、毎週火曜日の10時になると更新されているというわけにはいきませんが、追々勉強になったこと、考えたこと、「愚痴」などを書いていきたいと思っております。今後とも、よろしくお願いいたします。

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