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『ファミリービジネス論−後発工業化の担い手』末廣昭(名古屋大学出版会)

ファミリービジネス論−後発工業化の担い手

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 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。



 「専門が違うので読まない」、という人がいる。そういう人の書いたものの書評や査読を頼まれることがある。「専門が違う」ので、お断りをする。そういう人の書いた「専門」はどんどん視野が狭くなったもので、その分野の「オタク」ならいざ知らず、読んでいてもつまらないし、第一勉強にならない。そんな本や論文につきあう暇はない。しかし、専門外の人が読んでも、おもしろく、ためなる本は、それほど多くない。

 本書は、その「それほど多くない」本のなかの1冊である。経済学やタイのことを知らなくても、本書は充分に読みごたえがある。それは、著者、末廣昭が、タイ社会の基層や現代という時代をにらんで書いているからである。

 本書の目的は、つぎの帯の文章を見ればよくわかる:「遅れた企業形態なのか?アジアやラテンアメリカの経験をふまえ、タイにおける豊富な事例に基づきながら、「進化するファミリービジネス」の論理を明らかにし、グローバル化時代における淘汰・生き残りの分岐点と、今後の行方を示した画期的論考」。グローバル化時代になって、近代の経済理論が通用しない現象が続出してきた。その一端を解き明かそうというのである。理論だけでなく、現地社会の理解を抜きにしては語れないことを、著者は充分に知っている。近代では近代の制度的理論が有効であったが、グローバル化時代には逆説的にグローバル化に対応するミクロな社会現象の把握が不可欠である。ただし、それは理論的な基礎のうえに立った話だ。

 本書は、学生に読ませたい本の典型的なスタイルをとっている。それは、著者自身が明確な目的をもち、論理的に導き出した結論があるからである。各章では、それぞれ「はじめに」と「おわりに」とで、それぞれの章で議論されることと、その結果明らかにされたことが要領よくまとめられている。本書全体では「序章」で「課題と論点」を整理し、「終章」で「ポスト・ファミリービジネス論」を展望して締め括っている。そして、各章で議論したことを具体例に、「序章」や「終章」では、各章とは次元の違うスケールの大きな議論を展開している。

 2部構成も効果的だ。第Ⅰ部「所有構造と経営体制」では、ファミリービジネスの内部に潜入して考察しているのにたいして、第Ⅱ部「歴史的展開と通貨危機後の再編」では、時系列に把握して変化の軌跡を追っている。あるときはファミリービジネス界に肉迫して主観的に見、あるときは距離をおいて客観的に見ている。その両方の視点で理解しているからこそ、自信のある「はじめに」「おわりに」と「序章」「終章」がある。

 その自信ある論理展開をさらに裏付けているのが、「付録 タイのファミリービジネス所有主家族の資料」などの詳細な統計データと共同研究であろう。著者は、1981年以来、足で集めた企業データを入力し続けてきた。事例調査ではなく、悉皆調査によるデータからは、たんなるデータではなく、その背後にあるタイのビジネス界の奥深さを感じさせるものがある。近代の理論経済学では、けっしてわからなかった経済界が見えてきた。その見えてきた経済界は、経済学者やタイ研究者のような特定の学問分野や地域の研究者だけが、興味を感じるものではない。そして、著者は、共同研究を通じて、自分がえた成果を相対化しているため、専門外の人が読んでも、充分楽しめ、勉強できるものになっている。

 本書は、グローバル化時代の研究とは、自前の悉皆データをもち、いかに自分の研究を相対化できるかがポイントであることを教えてくれる。


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