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『「海の道」の三〇〇年-近現代日本の縮図瀬戸内海』武田尚子(河出ブックス)

「海の道」の三〇〇年-近現代日本の縮図瀬戸内海

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 本書は、2冊の専門書によって分析・考察、裏付けされたことに基づいて書かれているため、安心して読むことができた。しかも、20年近くに及ぶ地元との交流を背景に、地元目線で書かれているため、人びとの生活の息吹が感じられた。研究で得た成果を、一般書でわかりやすくし、調査で協力してくれた多くの人びとに還元することは、それほどたやすいことではない。著者武田尚子は、本書を執筆・出版して、肩の荷が軽くなった清々しい気分をあじわっているのではないだろうか。それが、さらなる研究への意欲、発展へとつながっていくことだろう。


 本書の内容は、表紙見返しに要領よく、つぎのようにまとめられている。「古来、日本の政治・経済・文化と深く関わり、歴史的蓄積が厚い「海の道」瀬戸内海。漁業、交易、エネルギー輸送……人とモノが活発に行き交い、時代とともに多様な産業が折り重なってゆくその歩みは、まさに日本の近代史・昭和史の縮図と言える。瀬戸内の主要航路に面したある小さな島にスポットをあて、内海での鯛網漁から、西海捕鯨へ、マニラ湾へ、南氷洋捕鯨へと拡がった海の労働の世界、海運・造船業の成長にともなう「海の道」の再編成に揺れる地域社会の姿も活写。丹念なフィールドワークの成果が随所に光る画期作である」。


 本書のねらいについて、著者は「はじめに」でつぎのように述べている。「日本の海の世界に焦点をあて、「海の道」と人々の生活の関わりを描くことである。近世から近現代までを見通した視点で、漁業、商業、工業を通して、人やモノの通り道がどのように作り出され、どのような変化が生じたのか、各産業の要素がどのように連鎖しているのか、近現代社会のどのような側面に海の世界の重層性を見出すことができるのかを描き出してみたい」。


 瀬戸内海は、古代から畿内と北九州、さらに朝鮮半島から中国大陸へとつながっていた。そして、近世の御朱印船は南洋日本人町へ、近代の漁民は領有した台湾や朝鮮だけでなく南洋の漁場へと出て行った。そこには、発展する陸域にあわせるように活躍の場を求めて移動する「海の民」の姿があった。しかし、その活動を封じ込める時代があった。それにたいする対応は、島ごと、集落ごとによって違い、漁民層の分解にはタイムラグが生じた。そして、原子力船の母港の誘致やLPG基地建設計画などがもちあがった。


 その反対運動を通して、著者は「海と島の「根の世界」」を見逃すことなく、「海に生きる集団の「知恵」」を理解した。反対の中心となった集落のひとつ、「箱崎では近世末以来、沿岸漁業集落として生産のしくみが大きく変わることがなかった。漁民集団は労働を通して強い結束力を維持し、先達の知恵を伝承してきた。たとえば、休漁の日は、浜の松林にすわって、年長の青年たちが網の繕い方を年少者に教えた。昼間の漁を終えたあと、夜に「青年クラブ」集会所前の空き地に集まって、網の梳き方を教えることもあった。労働にまつわる「うた」も伝承された。「箱崎大漁節」は、労働の場でも宴会でもうたわれ、みなが心を通わせる潤滑油だった。箱崎では、地域社会と労働が一体となり、労働に縁の深い場で技術や文化が伝承されてきた。そのような文化的資源・社会的資源の存続に深く関わっていたのが青年団である」。


 この「根の世界」の深さに驚嘆したことが、著者が瀬戸内海の小さな島にかかわり続けた理由だった。それを、「あとがき」でつぎのようにまとめている。「この島に起きた出来事は、近世・近現代の日本社会に起きた出来事を凝縮したような密度の濃いものであり、小さな島であるのに、スケールの大きな歴史を刻んできたことに、何度も不思議の念にうたれた。島の浜辺から水平線を見はるかすと、この島をよりどころにして、私の知的好奇心も大海へ広がってゆくように感じた。海の世界に生きた人々の軌跡を探求することの魅力を伝えるべく、三〇〇年を見通すこのような通史を著した」。


 日本の近現代社会が、もうひとつ別の角度から歴史的に浮かびあがってきた。

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