『漁撈の民族誌-東南アジアからオセアニアへ』秋道智彌(昭和堂)
本書は、著者秋道智彌の40年に及ぶ東南アジア・オセアニアを中心に海や川べりを歩いた成果である。著者は、「現場で漁に参加し、獲れた魚を食べ」、つぎのように長年の調査を述懐している。「魚の獲り方や漁にかかわる人びとの知恵を聞き出す日々はじつに愉快である。ポリネシアの孤島からミクロネシアのサンゴ礁島、ニューギニアの高地周縁部や低地のスワンプ、そして赤道直下のサンゴ礁島、インドネシアの火山島や内陸湖、タイのマングローブ地帯、メコン川流域と周辺の湖や池、そして中国の雲南省からチベット高原まで、魚と漁の現場を訪れてきた。その足跡を写真と論文、そしてコラムとして構成したのが本書である」。
本書のねらいについて、著者はつぎのように述べている。「現在、水産資源の管理と生物多様性保全を両立しながら海洋の未来像を描くうえで、広い視野から地域の漁撈活動や水産資源利用について理解しておくことは必要不可欠である。しかも、歴史と社会・文化を踏まえた議論が十分になされる必要がある。地域の生態系におうじて育まれてきた多様な漁撈文化の諸相を俯瞰(ふかん)することを通して、グローバルな問題を語るのが本書の大きなねらいである」。
本書は、「写真構成を前面に押し出し」、3部からなる。「Ⅰ 漁撈の民の世界へ」は、「獲る」「食べる」「暮らす」の3つのテーマを設けている。「Ⅱ 漁撈民族誌素描」は、つぎの16のテーマをみるだけでカラー写真が楽しみになる。「1 奇妙な釣り漁」「2 漁毒漁」「3 柴漬け」「4 水田と池の漁」「5 中国雲南の鵜飼い」「6 海の武器」「7 ワニと人」「8 トビウオ文化」「9 魚の図像学」「10 海藻養殖の功罪」「11 マングローブと漁」「12 淡水養殖の世界」「13 ウミガメの利用と保全」「14 ジュゴンの涙」「15 アジアの巨大淡水魚」「16 空飛ぶ熱帯魚」。そして、「Ⅲ 論文 漁撈民族学」は6章からなり、それぞれ「漁撈技術」「民俗(族)知識」「食文化」「カミと儀礼」「経済と交換」「資源管理」をテーマとしている。
著者のコモンズ論には定評があるが、それは民俗知にもとづいていることが本書からもよくわかる。たとえば、論文の「第2章 魚の民俗知」には、「魚の生態に関する民俗知と季節学」と「漁撈の空間利用に関する民俗知」という見出しがある。著者は、「漁撈民から民俗知識を探り出す」ために、「時間と場所についての情報を徹底的に収集」している。そして、人びとはつぎに述べる多様な選択肢のなかで、「どの漁法を採用すればよいかについて十分な知識を持ち合わせている」と結論している。「いつ漁をするのかについては、一日の昼夜の別、潮汐のタイミング、季節などが重要な要因となる。昼間でも干潮なのか満潮なのか、あるいは干潮から満潮への移行時、満潮から干潮への移行時、乾季と雨季によるちがいなど、漁の時間を決める要因は複数あり、しかも漁法や対象魚種により漁撈の最適タイミングは多様である」ことを探り出している。
「どこで漁をするのか」については、「漁場の名称を通じて、その場所に特有の特徴や関連する魚の分布などの知恵を通じて人びとが漁場利用をたくみにおこなっていることが理解できる」とし、「魚やそれ以外の生き物の生態や習性、漁場の特性や潮汐の周期・季節に応じた漁民の知識は民俗知として継承されてきた」ことを得ている。
本書では、秋道学を豊富なカラー写真を楽しみながら学ぶことできる。