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『教師格差―ダメ教師はなぜ増えるのか』尾木直樹(角川oneテーマ21)

教師格差―ダメ教師はなぜ増えるのか

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「理想の教師像とは何か」

 どこの国でも教育問題は重要だが、私の住むフランスでも、常に種々の報道がなされている。現在注目すべきは、今春の選挙で新大統領となったサルコジ氏の政策の行方だ。教職員の数を減らしながら、現場を訪れて教職の大切さと素晴らしさを教員に訴えるという「飴と鞭」作戦に対し、教職員組合がどう出るかがポイントとなる。

 社会党政権下でできあがった35時間法(一週間の一人当たりの労働時間を35時間に制限して、雇用機会を増やそうという法律)も、なし崩し的に変えようとしている。教員にも残業による増収の可能性を与えたのだが、多くの教員は現在の仕事で手一杯で、収入が増えようとも残業はできないと答えている。しかし、フランスの教員の現状を日本の教員のそれと比較すると、どうみても日本の方に改善の余地が多いようだ。

 尾木直樹の『教師格差―ダメ教師はなぜ増えるのか』は、タイトルも刺激的だが、内容は示唆に富んだものとなっている。筆者は中学・高校の教員を経験し、現在大学で教えているようだが、現場を良く知っている。まず彼は「病める教師」の実態を報告する。教育行政のせいで評価ばかりが気になり、お互いに助け合う事もできない。残業が多いのに、子ども達と接触する時間は非常に少ない。さらにモンスターペアレンツ(今夏一時帰国した時に、この言葉がメディアに頻出していた)が追い討ちをかける。過労死も遠くない現状である。

 教師を冷静に分析する事も忘れていない。「わいせつ教師」、「マニュアル教師」、「塾に頼る教師」等を例に挙げ、「学校の常識は社会の非常識」という現実も認識している。その上で、このような教師ができてしまう現状に切り込む。学校の要の一人である教頭は「セブンイレブン」と呼ばれる。朝7時に出勤して夜の11時に退勤するからだ。文科省による「調査漬け」と過重な校務分担は全ての教師から時間を奪う。それでも多くの教師は子ども達を愛する姿勢を失ってはいない。

 こういった状況を改善する方法はあるのだろうか。改正教育基本法では「教師は、政府と行政の意を体現するだけの“法令執行人”に過ぎなくなって」しまうと、筆者は述べる。「教員免許更新制」に関しても、「問題教員がいれば即刻追放すべき」だと主張する。「免職になったセクハラ教師が、隣町で再び教壇に立つような状況」は許せないというのは、説得力がある。

 いじめについても、個別教員への処分を打ち出すよりも、「いじめ隠しを浸透させている学校文化やその行政的構造にメスを入れ」ることこそ、国家レベルの会議の役割だという主張もうなずける。そして筆者は、解決の糸口は子ども自身の考えを参考にすべきだという。子どもにとって良い教師とは、宿題を出さないで遊んでくれる教師ではない。厳しさと思いやりを持ち、人間味豊かで、真摯に子どもと共にあろうとする教師である。つまり教師に求められているのは「人間性」なのである。

 親は子どもに何を望んでいるのだろうか。筆者の行ったアンケートによると、驚くことに学力が一番ではないのである。最もポイントが高かったのは「人の心の痛みや辛さがわかる人になってほしい」だ。これもつまるところ、豊かな人間性を身につけて欲しいということではないだろうか。ここで必要となるのは、豊かな人間性を身につけた教師、となり、子ども達の考えと一致する。

 ではどうすれば良いのか。筆者は日本のGDPに占める教育予算が、先進国中最下位であることを指摘し、「まず人と予算を充分に注入し、教育現場にゆとりを与え、活力がみなぎるような条件整備を進めること」だと結論付ける。確かに統一テスト、時間数増加、小学校への英語教育導入等の「対症療法」では、学校格差、教師格差が広がるだけで、根本的解決には程遠いと思われる。

 フランスで働く教員は、中学・高校の場合1時間授業をすると、2時間働いたことになる。35時間法に従うと、週17,5時間授業をすれば35時間働いたものとみなされ、100%勤務となる。これは、採点、試験準備、教材研究等の時間を考慮しているのだ。さらにこちらの学校は、9月に始まり、10月末に万聖節の休暇が一週間、12月にクリスマス休暇が2週間、2月に冬休みが2週間、4月にイースター休暇が2週間、そして夏休みが2ヶ月となっている。子ども達と接触する時間もあるし、自らの人間性を豊かにするための文化的活動の時間も取りやすい。教師そのものが、精神的に豊かな人間とならなければ、理想の教育には近づけないだろう。

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