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『ワインと外交』西川恵(新潮新書)

ワインと外交

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「ワインから世界が見える!」

 パリに住んでいるせいもあるのかもしれないが、我が家はお客さんが多い。旧生徒、知人、友人、親戚etc 夕食では当然のごとくワインをお出しする。若いお客さんならば、分かりやすい輪郭のはっきりしたワイン、年配の方には、落着いた滋味深いワイン、詳しい方には、日本では飲めないような珍しいワイン。価格ももちろん様々だ。だが、裏を返すと、どのようなワインを出したかで、お客さんをどのような存在として受け止めていたかを判断できる。

 我が家の話では世界に何の影響も出ないが、これが国家間で行われると、大変な事になる。その面白さを教えてくれるのが西川恵の『ワインと外交』だ。氏は以前『エリゼ宮の食卓』で、フランスにおけるワイン外交について、非常に興味深い現実を披露してくれた。今回の作品はその世界版とでも言えようか。

 例えばイギリスでは、2003年にブッシュ大統領の訪問時に、女王主催の歓迎晩餐会が開かれた。その時に出されたワインは、白がピュリニー・モンラッシェ1996年、赤がシャトー・グリュオ・ラローズ1985年。ワインに詳しい方はお分かりだろうが、「ただの」ピュリニー・モンラッシェなのである。グラン・クリュでもなければプルミエ・クリュでもなく、村名ワインである。ボルドーも、良い年で飲み頃になっていただろうが、格付け2級だ。これならば、我が家の方がレヴェルの高い時がある、などと考えてしまう。

 同盟国の大統領に対してこの程度なのか、と不思議に思ったら、何とイギリスでは「予算を抑えるためもあって、最高のワインは大人数の饗宴では避け、女王と国賓だけのプライベートな饗宴のときに出される。」ということなのだ。なるほど、イギリスらしいなどと変に納得してしまう。

 2005年にモロッコのモハメド六世国王が来日した際には、シャブリのグラン・クリュやシャトー・マルゴーが出されたが、イスラム圏のマナーを守り、先方にワインは注がず、カンパイもなかったとの事。日本は相手国のプロトコールをできる限り尊重するらしい。日本側の招待客だけが、この最高級のワインを味わえたのである。

 しかし、これがフランスとなると事情が変わってくる。1999年にイランのハタミ大統領が、フランス訪問を予定していた時、エリゼ宮の晩餐会でワインのボトルを見るのも不快なので、ボトルも出さないで欲しいとイラン側が申し入れた。フランス側の返答は「何を飲むかは本人が選択すればいいことだが、饗宴にワインを出すのはプロトコールで決まっている」であった。その結果、この訪問は中止になったのだ!

 2004年にエリザベス女王がフランスを訪問した時には、ドン・ぺリニョン1995年、シャトー・ディケム1990年、シャトー・ムートン・ロートシルト1988年という素晴らしいワインが出されている。エリゼ宮ではボトル1本あたり3人分で計算するそうだ。このときの招待客は240人。作者の計算では、ワイン代だけで3,000万円は越えているようだ。

 このように、面白く興味深い内容となっている。今クローズアップされている中国の対応なども、非常に興味深いものがあるが、その辺りは是非ご一読を願う。さて、今夜の拙宅のお客様にはどのワインをお出ししようか……


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