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『プリンセス・トヨトミ』万城目学(文春文庫)

プリンセス・トヨトミ

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「豊臣家と大阪城に捧げるメルヘン」

 日本へ一時帰国すると、書店めぐりをしながら、今どんな本が注目されているのか、平積みになっている作品を見て歩くのが常となっている。売れているから読みたいとは思わないが、気になるタイトルや、種々の書評等で取り上げられていた作家名を見ると、購入してしまう。今回は万城目学の『鴨川ホルモー』、『鹿男あをによし』、『プリンセス・トヨトミ』を読んでみた。

 一気に読ませる面白さがある。舞台は京都、奈良、大阪と、関西出身である作者に身近な土地が使われている。奇抜なテーマを扱うときには、時代設定を古くし、場所を遠くするのが楽なことは芥川龍之介も指摘していたが、万城目は現代を舞台にしている。もちろん京都、奈良などは、現代であろうと過去の歴史が深く息づいており、魑魅魍魎の類が出現しやすい場所であるだろう。

 その意味において、『鴨川ホルモー』では京都で鬼を使った戦いが平安時代から現代まで繰り広げられ、『鹿男あをによし』では奈良を中心に、卑弥呼の時代からなまずの尻尾を押さえ日本が崩壊しないように努力する鼠、狐、鹿と主人公たちの姿が描かれているのは、それ程違和感を覚えさせない。それは筆者の力量のおかげでもあるだろうが、ストーリーは全く破綻せず、ラストではまるで予定調和のような安心感を覚える。

 ところが『プリンセス・トヨトミ』は少々違っている。大阪という場所は、豊臣家の滅亡という日本史上の大事件と結びついてはいるが、京都、奈良のように寺社が無数に立ち並ぶ所と違い、人ならぬもの達の跋扈する所には見えない。故に万城目は一見荒唐無稽な人間ドラマを設定する。大阪人の男たちは、豊臣家の滅亡以来常に地下に潜む大阪城と豊臣家の直系の王女を守るために、緊急時の役割を与えられている。

 会計検査院の捜査官が社団法人OJO(もちろん「王女」である)に疑問を持つところから物語は始まる。やがて「大阪国」の存在に行き着き、そこで大阪国の人々と会計検査院の戦いが始まる中で、種々の秘密のベールがはがされていく。下手をするとB級エンターテインメント作品に陥りかねないテーマを、作者は見事にまとめていく。実在の地名が使われ、登場人物の名字に歴史上の実在人物が使われているくらいでは、それほど説得力は生まれない。

 主人公の大輔は性同一性障害の子供であり、それにまつわるいじめ、豊臣家に対する大阪人の心情、会計検査院という視点、親子の絆、携帯電話やインターネットに対する配慮等の現実を巧みに織り込んでいるからこそ、不思議な説得力が出ている。作者があとがきに代えたエッセイで述べているように、それらは全て大阪というふるさとに対する作者の思い入れの昇華したものであるようだ。不思議なテーマの作品に見えたものが、振り返ってみると何か懐かしい世界を描いているような気にさせてくれる。そこが万城目学の持ち味かもしれない。


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