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鴻上尚史 「売店のおばちゃん」

紀伊國屋ホールのロビーの片隅に、売店がありました。一人のおばちゃんが(と言うのも失礼なのですが、でも僕たちは愛着を込めて、『売店のおばちゃん』と呼んでいました)が、飲み物を売っていました。

一坪のスペースもないような小さな売店でした。けれど、売店の壁一面には、びっしりといろんな芝居の『大入り袋』が貼られていました。僕はウーロン茶を注文して、おばちゃんがビンから紙コップに移しかえてくれている間に、いつも、その『大入り袋』の文字を猛烈な速度で読んでいました。袋に書かれた公演のタイトルは、そうそうたる伝説の名前がびっしりとありました。

第三舞台』の公演の時も、僕はウーロン茶を買いました。その後、他の芝居を見に来た時も必ず寄りました。おばちゃんは、いつも、にこにこと「内緒だよ」と言いながら、50円、おまけしてくれました。

何百枚も貼られた『大入り袋』を見るたびに、僕は、「演劇の歴史」の中で公演をしているんだと実感したのです。


鴻上尚史 (photo: Yuki Sugiura)

photo: Yuki Sugiura

鴻上尚史 (こうかみ・しょうじ)

1958年、愛媛県生まれ。1981年に劇団「第三舞台」を結成。『朝日のような夕日を連れて』『天使は瞳を閉じて』『スナフキンの手紙』など、作・演出家として多彩な活動を展開。今年12月に紀伊國屋ホールで自身主宰の「虚構の劇団」第2回公演を予定。

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