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『暴走する資本主義』ロバート・ライシュ(東洋経済新社)

暴走する資本主義

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「お買い得商品を買うごとに、格差が拡大する超資本主義の時代を理解するために」

 タイトルからイメージする本書の内容は、左翼的な立場からの資本主義批判ではないでしょうか。しかし、そんなステレオタイプでは収まらないスリリングな思想書です。
 資本主義と民主主義のジレンマ、ひいてはパラドックスについて、現代の世界経済の構造を描くことに成功した希有な書籍といえるでしょう。

 著者のロバート・ライシュは、クリントン政権の労働長官をつとめた後、大学教授に転身した人。いま、アメリカ大統領選挙民主党候補に決定したバラク・オバマ氏の政策アドバイザーを務めています。大統領選挙では、ライシュのアドバイスをうけたオバマ氏が、アメリカにおける民主主義と資本主義の危機、そして再生のシナリオについて政策論争をすることになるでしょう。

 ライシュは、いまの私たちの生きている世界の民主主義が、「超資本主義」によって脅かされているということを詳細に論じていきます。

 超資本主義とは、「資本主義が暴走した状況」のことであり、東西冷戦が終結した後、「政府が開発した科学技術が新製品やサービスによって実用化されたころから」始まりました。 インターネットがその代表格であることは言うまでもありません。世界が情報化されていくなかで企業間の競争は激化。「これらの競争は安定した生産システムに風穴を開け、すべての企業が消費者と投資家を求めて熾烈な競争をする状態」になっていきました。消費者の力は量販店に、投資家の力は年金や投信によってひとつの大きな力を得て、企業群にプレッシャーを与えていきます。

「お買い得商品がないならば、もっと安くて高品質の商品を提供する企業に移っていくぞ」と。

 私たちひとりひとりが、お買い得商品を購入したとき、その商品の後ろには、過酷なコストダウンがあります。

「自動車、冷蔵庫、絵の額縁、そのほかどんな工業製品であろうと、ともかくお買い得品に出合ったら、それはその製品の材料を加工し、組み合わせ、はめ込み、固定した米国人が給与カットを呑んだか、完全に失業したからである場合が多い。超資本主義への道程において、彼らの給料は下がるか、あるいは職自体がなくなっていった」

 グローバル経済ではアメリカが1人勝ち、と思われがちですが、超資本主義のなかでは、資本主義の先進国であるアメリカの国内が、まっさきに労働者の首狩り場になっていったのです。

 著者は、超資本主義のなかでは、企業の不誠実、非情な行動を責めても無意味であると説明します。企業とは、あたえられた市場のルールのなかで、利益を追求していくものであり、誠実でも不誠実でもない。投資家も、高収益を上げる企業に投資をするのであって、悪徳企業という感情的なレッテルによって行動を変えることはない、と言います。私たち消費者もそうです。ある著明なメーカーが偽装請負をしているという報道があっても、家電量販店でお買い得商品があれば購入してしまう。このような消費によって、その企業の労働者の低賃金労働は固定化されるわけですが、この流れにひとりの消費者として抵抗することはきわめて難しいのです。

 しかも、企業は熾烈な競争に打ち勝つために、政治家にロビー活動を展開していきます。こうして市民、国民の権利を行使するための基盤である民主主義が、超資本主義によって侵食されていきます。

 情報化社会になるにつれて、企業も個人もお買い得商品を求めるためにキーボードをたたきます。その結果として、企業で働く労働者の生活は貧困に近づいていく。熾烈な競争をリードする企業経営者は天文学的な報酬を受け取ることになりますが、業績が低迷したら投資家にも消費者にも見捨てられます。

 こうした超資本主義は、アメリカから世界中に伝播していっています。

 世界の超資本主義の潮流のなかに、日本も巻き込まれています。

 本書で記されたことを抜きに経済を語ることはできません。

 傑作です。


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