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横内謙介 エッセイ

約30年前、先輩に連れられてぎっしりとお客が詰まった通路に体育座りして、つかこうへい事務所の「熱海殺人事件」を観た。当時、厚木の高校生だった私にとって、放課後に詰め襟姿のまま小田急に乗って大きな河を二つ越え、新宿に行くこと自体が決死の大冒険であった。その上に時代を代表する大傑作の最も盛り上がっていた現場を体験したのだから、それで人生が変わったのも当然だろう。

その衝撃体験から10年ほど経った1987年の春、私の劇団(当時・善人会議)が下北沢スズナリから、紀伊國屋ホールに初進出した。ホールが若手劇団の登竜門と言われていた頃だ。嬉しいよりも緊張がまさり、無我夢中で公演をやり遂げた。

その公演のバラシの後、ひとり裸舞台に立ち、誰もいない客席に向かって熱海殺人事件の木村伝兵衛のセリフを言ってみた。その時、はじめて憧れの劇場でついに公演を打ったのだ、という喜びが私の胸に満ちた。


横内謙介

横内謙介 (よこうち・けんすけ)

1961年、東京生まれ。劇作家・演出家・扉座主宰。

トニセン<V6>の舞台や、スーパー歌舞伎等に幅広く作品を提供。近年、愛・地球博『地球タイヘン大講演会』脚本・演出、'06年フジテレビ系ドラマ『ダンドリ。』脚本等、演劇以外にも活動の場を広げている。

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