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『古代マヤ文明』 マイケル・D.コウ (創元社)

古代マヤ文明

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 マヤ学の泰斗、マイケル・コウによる入門書で、1966年の初版以来、40年にわたって読み継がれてきたという。邦題に「図説」とはうたっていないが、『図説 アステカ文明』と同じくらい図版が豊富で、やはりアート紙に印刷されている。

 この40年間にマヤ学では新遺跡の発見があいつぎ、さらにはマヤ文字が解読されるという大事件があった。コウはマヤ学の進歩にあわせて本書の改訂をつづけ、1999年に第六版を刊行している。専門家の間では「マヤ第六版」という略称で呼ばれているそうだが、邦訳もこの「マヤ第六版」を底本にしている(現在 入手できるペーパーバック版は2005年発行の第七版)。

 マヤ学の近年の進歩は急激なだけに、大きな改訂がおこなわれているようだ。たとえば、マヤの先行文明であるオルメカ文明の位置づけ。チャールズ・マンは『1491』で本書の第五版(1994年)の「オルメカ以降のメソアメリカの文明は、アステカもマヤもすべてオルメカを基礎にして成立したものである」という記述を時代遅れと批判している。かつてはオルメカ文明をメソアメリカ諸文明の「母」と考えられていたが、現在は「姉妹文明」の一つという見方が有力なのだ。この箇所は第六版を邦訳した本書では「姉妹文明」説を考慮した記述に改められている。

 オルメカがメソアメリカの「母文化」であったかどうかは別にしても、とにかく、マヤを含めて他の多くの文明が、究極においてはオルメカ文明の恩恵をうけていることは間違いない。

 こうした改訂の努力をつづけているからこそ、本書は長らく基本図書の地位を保ちつづけているのだろう。

 『図説 アステカ文明』は通時的視点と共時的視点の二部構成をとっていたが、本書はプロローグでマヤの自然条件や民族、言語の分布を解説した後は、一貫して時間軸にそって語っている。アステカ帝国は建国から三百年でスペイン人にあっけなく滅ぼされてしまうが、マヤの場合、政治的に統一されたことは一度もなく、数々の都市国家が興亡をくりかえす歴史が1500年以上もつづいたので、こういう書き方になったのだろう。

 1500年以上つづいたというと、いぶかしく思う人がいるかもしれない。マヤ文明は10世紀に滅んだのだから、1000年程度ではないかというわけだ。

 ところが10世紀に滅んだのは中部マヤだけで、南部と北部ではしぶとく都市国家が生き残っていたのである。これを後古典期という。

 それだけではない。マヤはスペインに征服された後も頑強に抵抗をつづけ、メキシコ独立後も中央の政権に対して反乱をくりかえしている。コウは1994年に結成されたサバティスタ民族解放軍もマヤの流れを汲む運動と位置づけている。

 南部マヤはグアテマラに含まれる。グアテマラ政府はマヤを弾圧し、大虐殺も辞さなかったが、1995年にいたってマヤに寛容な政権が誕生し、義務教育でマヤ語を教えるようになったという。カトリック一辺倒だったラテンアメリカ諸国の中ではじめて多文化国家に向かう方向が示されたわけである。

 コウは本書の随所でマヤ人の神秘的な精神世界を語っている。現代のマヤにもシャーマニズムが生きているようである。

 マヤの神秘思想がここまでわかってきたのはマヤ文字が解読されたおかげである。マヤ文字については簡単な説明しかないが、日本の文字と同じ折衷的な表記体系のようである。コウには『マヤ文字解読』という本があるので、ぜひ読んでみたい。

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