書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『チベットの核―チベットにおける中国の核兵器』 チベット国際キャンペーン (日中出版)

チベットの核―チベットにおける中国の核兵器

→紀伊國屋書店で購入

 中国の核兵器というと、まず、新疆ウィグル自治区東トルキスタン)が思い浮かぶ。中国は楼蘭遺跡で有名なロプノールの砂漠地帯を核実験場にして、46回の大気圏核実験をおこない死の灰を撒き散らした。ロマンあふれるシルクロードは実は放射能汚染地帯であり、ウィグル人の村では「奇病」が頻発し、奇形児誕生率や悪性腫瘍発生率が他の地域に住む漢人より著しく高いという(英国Channel4の製作したドキュメンタリー「シルクロードの死神」、水谷尚子中国を追われたウィグル人』)。

 だが、本書『チベットの核』によると、放射能汚染の被害はウィグル人だけでなく、チベット人やモンゴル人も受けているという。中国の「核関連施設(実験場、処理工場、兵器製造工場)はすべて非漢民族居住地域に置かれるのが通例」となっているからだ。

 本書をまとめた「国際チベットキャンペーン」(The International Campaign for Tibet)は1988年にワシントンDCに設立されたNGOで、リチャード・ギアが理事長、チベット問題に詳しいジャーナリストのジョン・アックリーが代表をつとめている(「チベットのための国際運動組織」と訳している本もある)。グリーンピースの幹部が序文を寄せているが、グリーンピース系というわけではなさそうだ。チベットの現地調査や、核関連施設の視察までもが許されているから、かなり影響力のある団体といえる。

 チベットと核の係わりは1958年に、第九研究所(第九学会、211工場とも呼ばれている)が青海省(アムド)海北チベット族自治州海晏県に建設されたことにはじまる。第九研究所は中国のロス・アラモスというべき核兵器開発の中心的な機関で、1970年代半ばまでの中国の核兵器はここで設計製造されたと見られている。周辺には核関連工場が集まり、そのため海晏県の工業生産額と平均所得は青海省の他の県の倍以上ある。

 問題は研究所が青海湖(ココノール湖)から16kmしか離れていない湿地帯に作られたことだ。研究所と関連施設から出る核廃棄物は通常のゴミを埋めるのと同じような浅い穴に投棄され、土で覆うことすらしていなかったという。放射能をおびた粉塵が飛び散った可能性が高いし、地下水は確実に汚染されただろう。

 たまたま海晏県を含む三つの県で、中国人とチベット人の遺伝的近縁性を証明するプロジェクト(チベット併合の正当化のためだろう)のために2000人の血液サンプルの採取がされた。現地で採取にあたったチベット人女医は白血病が多いことに気がついたが、血液サンプルで放射線の影響を調査することはできなかった。

 また、研究所周辺で放牧した家畜の肉は販売が禁止されていた。漢人は禁止をよく守っていたが、チベット人はなぜ食べてはいけないかを説明されていないので平気で食べていたという。

 青海省にはウラン鉱山が多数あるが、ここでも汚染が起きている。阿壩チベット族自治州のウラン鉱山周辺の住民は3年間で500人以上が激しい下痢と高熱で死んだ。そんな病例は過去にはなかったという。

 甘南チベット族自治州の鉱山では有毒性の廃水はいったん石製の貯蔵プールにためてから河川に放流された。ここでも1988年から91年にかけて原因不明の病気で住民が50人以上死んでいる。家畜の変死や植物の枯死も起こっている。

 こんなやりとりが紹介されている。地元のチベット人がウラン鉱山の中国人の役人に鉱毒チベット人が死んでいると抗議したところ、役人は「川は汚染されていない」ととりあわない。

 チベット人は、川の水の入ったコップを役人の前に突きだした。

「では飲んでみせろ」

 中国人役人は後ずさりした。

「川の水は、人間が飲めないほど汚染されている」

 笑い話のようだが、現地のチベット人にとっては笑いごとではすまされない。

 1980年代にはドイツや台湾の使用済み核燃料を中国が有償で引きとる話がすすんでいたという。両方とも途中でつぶれたが、核のゴミの貯蔵場所が新疆かチベットになるのは確実だったと見られている。

 核関連の話は機密中の機密なので、本書の記述には留保が多く隔靴掻痒の感が否めないが、核汚染の被害がチベットでも広がっていることは事実と見ていいだろう。

→紀伊國屋書店で購入