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『北京五輪後、中国はどうなる?』 宮崎正弘 (並木書房) & 『日中の興亡』 青山繁晴 (PHP研究所)

北京五輪後、中国はどうなる?


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日中の興亡


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 中国は経済発展で変わったといわれてきたが、長野の聖火リレー騒動で沿道に林立した五星紅旗に、文革時代と同じメンタリティじゃないかという感想をもった人はすくなくないだろう。

 聖火リレー騒動ではマスコミの報道も問題だった。新聞や東京のテレビを見ている限り、「台湾人の男」が一人飛び出してきたことを除けば平穏に終わったような印象だったが、ネットでは中国人留学生による暴行事件や道交法違反が多発したこと、長野県警は留学生の違法行為は見のがし、日本人と「台湾人の男」だけを逮捕したという情報が広まり、後に月刊『WiLL』などの雑誌メディアが後追い報道をした。ちなみに「台湾人の男」は亡命チベット人だったことが判明している。

 NHKの『激流中国』のような例外もあるが、大手マスコミの中国報道は概して腰が引けており、印象操作や語られないことが多い。中国報道に関する限り、比較的マイナーな媒体で中国に対して批判的な姿勢を貫いてきた保守派のジャーナリストの方が信用できると思う。

 今月、保守派のジャーナリストによる注目すべき本が二冊出たので紹介したい。

 まず、青山繁晴氏の『日中の興亡』である。青山氏は共同通信記者から三菱総研勤務をへて独立した人で、テレビのコメンテーターとしてもおなじみである。

 テレビのコメンテーターを「マイナーな媒体」の人と呼ぶのはおかしいかもしれないが、関西の番組では東京より何倍も持ち時間があるので、格段に立ち入った内容が語られているし、東京では出てこない内容もすくなくない(青山氏のファンが青山氏の出演部分を YouTube にアップロードしてくれるので、関西以外でも視聴できる)。

 青山氏が関西の番組で語る内容は考えさせられるが、本書は活字の強みを活かして歴史的背景まで踏みこんでおり、青山氏の危機感がきわめて深刻であることを知った。

 中国は2005年から今年にかけて、インドとロシアとの間で長年くすぶっていた領土問題の決着をつけた。さらには中越戦争以来、ぎくしゃくしていたベトナムとも関係を改善している。多くの識者はこうした動きを中国の国際協調のあらわれと歓迎している。

 青山氏は中国の領土問題の決着こそ、日本にとっての危機だと警告する。それを理解するには歴史をすこしさかのぼる必要がある。

 中国は建国するやいなや、チベットを侵略して全土を占領下におき、建国十年目の1959年にはインドのカシミール地方に侵入した。紛争は3年間つづいたが、中国はインドを圧倒していたにもかかわらずシッキム州のごく一部を占領するにとどめ、それ以上軍を進めなかった。

 中印紛争の十年後、中国は中ソ国境を流れるウスリー河の中洲でソ連と交戦し、アムール河と新疆ウィグル自治区の国境でも衝突している。しかし、前面戦争にはいたらず、中国はわずかな中洲を占領しただけで軍をとめ、長期のにらみ合いにはいった。

 いずれも中国が得た領土はわずかだが、中国はそんな狭い土地を得るために軍を動かしたのではないと青山氏は言う。

 では、なぜか? 青山氏は中国はチベット・新疆・内モンゴルへの干渉をあらかじめ封じようとしたのだと解説する。西隣の大国インドと、北隣の大国ソ連は、チベット・新疆・内モンゴルに干渉しようと思えばいつでもできる位置にある。スターリンがその気になっていれば、国共内戦の隙をついて、内モンゴル蒙古連合自治政府モンゴル人民共和国の一部にすることは簡単だったし、新疆の東トルキスタン共和国ソ連に組みこむことだって不可能ではなかったろう。インドはダライ・ラマの亡命を受けいれており、もしその気があれば、チベット独立運動を支援してアフガン化させ、中国を西から脅かすことができたはずだ。

 チベット・新疆・内モンゴルに手を突っこもうとしたら、本気で戦うぞとソ連とインドに示すために、中国は国境で小競り合いを起こしたというのである。

 実際、ソ連とインドは中国には手を出さず、チベット・新疆・内モンゴルは中国による漢族の入植がどんどん進められたのはご存知の通りである。中国は膨大な人口を食べさせていくために、チベット・新疆・内モンゴルの広大な土地と地下資源がどうしても必要なのである。

 中ソ紛争の十年後、中国は今度は南のベトナムに攻めこんだ。インドとソ連との戦いは干渉排除のための威嚇にすぎず、領土まで奪う意図はなかったが、小国ベトナムに対しては十万の陸軍と海軍を動員して領土を奪いにかかった。しかし、対米戦争で鍛えられた陸ではベトナム軍に大敗を喫し、撤退を余儀なくされた。

 ここで注意しなければならないのは、ベトナムは陸では国土を守りきったものの、海では海軍が貧弱だったために南沙諸島を守りきれず、中国に奪われてしまったことだ。

 中国は建国以来、十年ごとに西のインド、北のソ連、南のベトナムを攻めている。中国が唯一攻めなかったのは東だけだ(朝鮮戦争スターリンによって押しつけられた戦争なので、中国の主体的な意志とはいえない)。

 青山氏は中国が東だけ攻めなかったのはアメリカ軍が恐かったからだと書いている。

 二冊目は宮崎正弘氏の『北京五輪後、中国はどうなる?』である。宮崎氏は雑誌『浪漫』をへてジャーナリズムの世界にはいった人で、中国関係・アジア関係著書が多数ある。週刊朝日の半ページのコラムで名前を知った人も多いだろうが、わたしは「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」というメールマガジンで知った。このメールマガジンは情報の速さと目配りの広さで群を抜いている。

 毒入り餃子、チベット騒乱、聖火リレー、オリンピックを前にした株価の暴落など、最近の話題をとりあげているが、背景にまで踏みこんでいるので、一つの繋がった絵として見えてくる。注目したいのは、日本では毒入り餃子騒動のために報じられることのすくなかった南部の大雪を詳しくとりあげていることだ。欧米では、ヘラルド・トリビューン紙が一週間連続で一面で大雪事件を報道したように、大きな扱いだったという。この大雪は、中国の民衆にあたえた影響もさることながら、インフラのお粗末さがあきらかになっていて、四川大地震に次ぐ大事件だったことがよくわかる。

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