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『中国の環境問題』 井村秀文 (化学同人) & 『中国汚染』 相川泰 (ソフトバンク新書)

中国の環境問題

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中国汚染

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 毒餃子事件をきっかけに中国のすさまじい環境汚染がテレビで紹介されるようになった。雑誌や単行本では以前から紹介されていたが、テレビの影響力は数段上で中国からの輸入食材が急に売れなくなった。春に飛来する黄砂や九州の光化学スモッグ日本海に押し寄せるエチゼンクラゲ等々が中国の環境破壊に原因があることも今では常識となっている。日本にとって中国の環境破壊は他人事ではなく直接に影響があるのだ。

 中国の環境はどうなっているのだろうか。二冊選んでみた。

 まず、井村秀文氏の『中国の環境問題』。井村氏は環境庁出身の環境問題の専門家で、経済協力開発機構(OECD)日本代表部と横浜市に出向した後、現在は名大大学院で教鞭をとっている。

 本書は膨大な公刊資料をもとに中国の環境問題の全体像を俯瞰し、コンパクトにまとめた本である。中国政府が公開した統計をもとに数量的に把握しようとしている点が強みで、中国経済に環境要因がどのように影響しているかが素描されている。

 ただ、中国政府の公表した数字にどこまで信憑性があるかという問題はあり、本書中でも疑問が呈されている。

 第二に統計資料をベースにしているので、エネルギー需給や水需給など、資源問題が主になり、汚染についての記述がすくない点である。水不足が深刻なことはよくわかったが、水質汚染については統計が公表されていないのか、あるいはそもそも統計がないのか、著者自身の見聞を述べるにとどまっている。

 ゴミ処理にしても、以前は可燃ゴミがすくなかったので野積みだったが、経済発展にともない都市部では日本のゴミに近づき、ゴミ焼却場が増えているところまでは数量的に示されている。焼却施設はダイオキシン対策をほどこした最新の設備はまだなく、ダイオキシンが発生していると見られているが、どのくらいダイオキシンが出ているかの数字はない。公表されていないだけのか、あるいはそもそも調査していないのかはわからないが、もどかしいところである。

 以上、二つの点で限界はあるが、本書が中国の環境問題を考える上で必読の基本図書である点は変わらないだろう。

 二冊目は相川泰氏の『中国汚染』である。相川氏は鳥取環境大学の准教授ということだが、東大教養学部で国際関係論を学んだというから文系出身だろう。在学中から中国の環境問題に関心を持ち、市民運動をやっていたようだが、北京の中国人民大学に留学した経験があるという。

 本書は三章にわかれる。第一章は松花江事件や太湖のアオコ騒動、癌患者が多発する「がん村」など、中国で頻発する環境汚染の事例を紹介している。いずれも雑誌などでとりあげられた事例だが、背景まで含めて書いているので勉強になった。「がん村」は淮河流域が有名だが、実は中国全土に分布していて、地方によっては癌を伝染病と誤解しているため、癌であることを隠そうとしているそうである。

 第二章は中国の汚染対策を歴史を遡って記述しており、本書の一番の読みどころである。

 中国の環境汚染というと高度経済成長以後に発生したという印象を持ちがちだが、本書によると足尾鉱山型の鉱毒汚染は以前からあり、松花江水俣病も、日本の水俣病を知った周恩来のお声がかりで調査がはじまった。

 周恩来が日本の公害に関心をもったおかげで、早くも1973年に全国環境保護会議が開かれ、1978年に憲法環境保護条項がはいったり、環境保護法が制定されるなど法制面は進んでいるが、問題はそれがまったく効果をあげていない点だ。

 著者は中国の環境保護法が環境汚染を解決するどころか、むしろ深刻化しているとしている。中国の環境保護法では汚染物質を排出した企業は「汚染排出費」を払うと定めているが、低い金額に抑えられているために、汚染対策をするより安あがりだというのである。しかも、地方政府は「汚染排出費」を罪源として当てにするようになってしまい、汚染企業に免罪符をあたえる結果になっている。

 汚染があまりにもひどく、健康被害だけでなく経済的被害も出ているので、周辺住民が工場の入口を封鎖するなどの直接行動に出る事例が激増しているが、地方政府は重要な収入源である企業側に立ち、住民側を弾圧することが多いという。

 中国では県レベル(日本の県よりも小さい)までしか直接選挙がなく、三権分立がなく、裁判所は行政の一部門になっているので、住民側に立った環境行政は望むべくもない。暴動が起こるわけである。

 第三章は中国汚染の国境を越えた広がりと日本の協力が紹介されているが、環境問題に対する中国の民衆の関心は急激に高まってきているという。中国民衆の意識変化が唯一の希望である。

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