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『社会起業家に学べ!』今一生(アスキー・メディアワークス)

社会起業家に学べ!

→紀伊國屋書店で購入

「社会起業というフロンティア」

 リストカット、自殺願望者たちの命を救うために伴走してきたライター&エディターの今一生氏。この数年間、ビジネス取材にかけずりまわっている。ニート、ひきこもりの当事者たちが、スモールビジネスを起業していく様子をルポした『親より稼ぐネオニート』(扶桑社新書)、社会問題を解決するための手法のひとつ社会起業とは何かを紹介した、『プライドワーク』につづく、最新刊が本書『社会起業家に学べ!』だ。
 この3作には連続性がある。

 『ネオニート』では、ニート、ひきこもりと社会から蔑視されてきた若者達が、自分の力でスモールビジネスをつくっていくことで、生きる自信を身につけていくという物語。ネオニートたちの稼ぎは、独身の若者が食べていく程度の金額であるが、そのつつましい収入を自力で稼ぎ出すことに、今一生は大いなる希望を見いだした。生き甲斐のない労働を余儀なくされている人たちに挑発的なメッセージを送った。

『プライドワーク』では、社会起業家という、問題に直面した人たちをビジネスの手法で解決することを仕事にした起業家たちのライフストーリーをたどった。そのなかには、今一生自分自身のライフストーリーも含まれていた。彼もまた、社会起業家という属性を持った当事者としてのアイデンティティをもっていたのだ。それゆえに『プライドワーク』には、当事者性と、書き手として取材対象者との距離が揺れていた。

 今回の『社会起業家に学べ!』では、今氏は、よきインタビュアーに徹することができている。「起業3部作」ののなかでは、もっとも完成度が高く、読みやすい作品になっている。

 

社会起業家とは、「社会の難題を解決する活動に持続的に取り組むために、寄付に依存したボランティアではなく、問題の解決を導く仕事を自ら作ることで解決事例を積み上げながら働いている」人たちのことである。

 21の社会起業家、団体が紹介されている。

■本書の目次

はじめに ~常識を疑う者が、あきらめに満ちた世界を変える

第1章 「社会起業家」とは何か

イギリス発、世界行きのムーブメント

社会起業家は、社会の「仕組み」を変える

第2章 日本の若い社会起業家たち

地域再生

2-1●過疎や人手不足など問題山積の地方を若者の力で活性化する旅館・吉田屋

2-2●学生耕作隊、農山漁村ネットワークなどで日本の食糧自給率を上げる地域維新グループ

2-3●木更津の経済を活性化させるチャレンジセンターLET'Sきさらづ

【キャリア支援】

2-4●愛媛県出身の若者を地元へ根付かせる実践型インターンの仲介業を試みるEyes

2-5●大学生などの「センパイ」による出張授業で

高校生の進路選択を支援するNPOカタリバ

2-6●学生が自ら尊敬できる大人を発掘・取材し、自発的な「生き方」選択を案内するキャリナビ

2-7●架空の町作りを通じて社会の仕組みを学べるチャンスを提供するこども盆栽

【ワークライフ・バランス】

2-8●わが子と一緒に笑顔になれるパパを支援するファザーリング・ジャパン

2-9●授乳服の製造・販売を通じて女性の生き方を開放するモーハウス

【農業再生】

2-10●牛を牛らしく育てることで食・農・エコの安心をめざすシックス・プロデュース

2-11●「かっこよくて・ 感動があって・稼げる養豚業」をめざすみやじ豚

【在日外国人支援】

2-12●在日外国人の賃貸入居の問題解決を請け負う座游

2-13●在日外国人向けに食材表示を推進し、多文化共生を目指すインターナショクナル

【途上国支援】

2-14●おしゃれなバッグを通じて社会貢献を実現する途上国発のブランド マザーハウス

2-15●カンボジアの雇用・教育を支援し、児童買春を止めるかものはしプロジェクト

環境保護

2-16●IT技術で省エネシステムを企画・開発するエコモット

2-17●中小企業の「環境推進室」を請け負い、「エコから始める一流化計画」を支援するエコトワザ

2-18●環境問題へ楽しく面白く取り組める方法を広くシェアするグリーンズ

2-19●放置されている音や振動を電力に変換し、エコ社会を作る音力発電

2-20●コスプレ打ち水秋葉原を冷やし、楽しく「エコ萌え」させるリコリタ

NPO/NGO支援】

2-21●誰もが気軽にNGO/NPOに募金できる仕組みを作ったユナイテッドピープル

第3章 あなたも、この世界を変えることができる!

社会起業家は、「強い共感」から始まる常識と思い込みを捨て、新しい仕組みを作れ下流資産層こそ社会起業家をめざせ

社会起業家を知るためのブックリスト

あとがき

 

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 社会起業家という存在をよく知らないという人のなかには、上記のビジネスをさっと読んで、「夢のようなことで食っていけるわけがない!」と感じた人がいるのではないかと思う。

 日本は、モノづくりという製造業、一流企業というブランド会社を中心に動いてきた。しかし、野心ある優秀な若者達は、その戦後に確立されたビジネスモデルのなかで一生懸命働くことに価値を見いだせない。

 現在の企業のありかた、消費社会のあり方に根本的な疑問をもってしまった。そのような経済の仕組みの中で働いても生き甲斐を感じることができない。社会の難題を解決するための新しいビジネスを立ち上げて、世界を変えたい、と思い行動に移した人たちの熱意と実績。読んでいると元気になれる。

 会社とは、ひとりでは不可能なことを可能にするための仕組みだったはず。

 企業とは、まだこの世界にないサービスを作り出して、まだ見ぬ人たちと笑顔で出会うための舞台だったはず。

 理想的に過ぎるかもしれないが、衣食住がゆきわたった、日本社会では、利益追求だけでは優秀な若者の心に火がつかない。崇高な理念、大きすぎる壁があったほうがいい。そう思う若者たちが、いまは社会起業に熱い視線を寄せている。

 私は、本書を、ひとつの青春物語として読んだ。

 本書で紹介されている起業家たちは若いからだ。多くが独身であり、体力に任せて仕事を邁進させている。おんなひとりで、治安の悪いバングラディシュに飛び込んで、ビジネスを回している起業家もいる。並み外れた情熱と体力である。

 起業とは萌芽である。ここには21の萌芽がある。そのなかで、どの芽が持続可能なビジネスモデルなのか。どの団体が、優秀な後継者を育てることができるのか。誰にもわかりはしない。

 社会起業家たちは、フロンティアを見つけたのかもしれない。日本のエスタブリッシュメントたちが介入してこない、社会問題を解決するという市場である。社会問題を生み出すという副作用を必要悪であるとしてきた成長経済は、いま停滞期に入った。その立役者たちは高齢者になり、人生の勝ち逃げだけを考えるようになった。若者たちの感じる閉塞感を、たいしたことではない、と一蹴してきた。

 チャンスだ。

 老人達が邪魔しないうちに、世界に誇る社会起業モデルをつくりあげてしまえ。

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