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『ジャン・ボードリヤール』 レイン (青土社)

ジャン・ボードリヤール

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 英国人の書いたボードリヤールの入門書である。ラウトリッジ社の Critical Thinkers というシリーズの一冊で、日本では青土社から「現代思想ガイドブック」として発売されている。

 入門書のシリーズだけあって各章の最後には半ページほどの「要約」が載り、「構造主義」とか「ハイパーリアル」のようなキーワードには半ページから1ページほどのコラム的な解説がついている。巻末には監修者であるテリー・イーグルトンの跋文と解題付の「読書案内」(原著は1998年までだが、訳者によって2006年までの分が追加されている)、さらに翻訳では省略されることの多い索引が付されている。元のシリーズのよさを日本版でも伝えようという意気ごみのうかがえる良心的な編集である。

 とはいえ本書に関する限り入門書というよりは本格的なボードリヤール論となっており、ボードリヤールをまったく読んだことのない人にはもちろん、ある程度読みこんでいる者にも歯ごたえがある。わかりやすさを期待するなら塚原史氏の『ボードリヤールという生きかた』をお勧めする。

 本書で特筆すべきは全七章のうち四章をついやしてマルクス主義の関係を掘りさげている点である。ボードリヤールは処女作の『物の体系』を家具や調度品の色や雰囲気といった贅沢品の分析からはじめており、日本に紹介された当時は非常に新鮮であり、マルクス主義とは無縁という受けとり方が多かったと思うが、レインはこの段階のボードリヤールの議論はマルクスの使用価値/交換価値という二分法の中で展開されており、マルクス主義の圏内にあると見ている。

 つづく『消費社会の神話と構造』と『記号の経済学批判』も依然としてマルクス主義の圏内にとどまっており、圏外に出るのはマルクス主義の生産概念を俎上に載せた『生産の鏡』からだとしている。

 確かにマルクス主義とは離れた場所で消費社会論を構築することに力を注いでいた観のあるボードリヤールは同書においてマルクス主義をはじめて正面から批判しており、『生産の鏡』以前と以後で断絶があるとする見方は当を得ているかもしれない。

 次の『象徴交換と死』は日本では『消費社会の神話と構造』とともにもっともよく読まれていると思うが、レインは同書の未開社会のとらえ方を批判し、ポトラッチが本当におこなわれていたのかどうかについても疑問を投げかけている。レインはポトラッチを専門に研究したことがあるそうで、未開社会をもちあげるボードリヤールの姿勢が見過ごせなかったのだろう。

 レインが評価するのは『シミュラークルとシミュレーション』の方で、ボードリヤールと同世代の思想家で映画作家であるギー・ドゥボールの『スペクタクルの社会』と比較して論じているが、ドゥボールは読んだことがないので判断を保留する。

 『アメリカ』以降、ボードリヤール英語圏ポストモダンのグルと喧伝されるようになるが、レインはドン・デリーロの小説やヴェンダースの映画と対比しながらポストモダンの風景を活写していく。この紹介を読むと後期のボードリヤールも面白そうだと思えてくる。

 最後にインターネット革命が語られるが、原著が刊行されたのが2000年なのでボードリヤール・オン・ザ・の紹介くらいしかない。

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