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『粗食のすすめ レシピ集』幕内秀夫(東洋経済新報社)

粗食のすすめ レシピ集

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「忘れていた本当のおいしさと豊かな生活」

  スピード料理の本を探していたら、妹に「はい、これ」と手渡された。


食べ盛りの息子がいつも腹ペコだから(信じられないくらい食べる!)、窓の外が暮れてくると夕餉の支度が気になりそわそわしてしまう。とはいえ仕事合間の手料理はだんだんと手抜きになる一方だ。料理は決して嫌いな方ではないが、致し方なく早くてボリュームに頼るメニューか、デパートのお惣菜に偏ってしまう。でも、そんな貧困な食生活ではいけないよと本書が棹差してくれた。思い返せば親の介護を始める前は日ごろのお料理にも相当手間隙かけていたような気がする。もちろんそんなのは過去の栄光であって、子どもたちの記憶に専業主婦だった頃の、私のエプロン姿は残ってはいない。もちろん夫も。

  でも、香り発つような「粗食」のカラー写真に蘇る主婦感覚。ページを繰るたび現れるスローフーズの数々は、京都の高級料亭の料理に負けない風格である。結婚当初の一日千円以内のお惣菜作りに始まった私のお料理遍歴は、アメリカに渡ってからは同居人に教わったカリフォルニア+ケイジャン料理、そしてヨーロッパに渡れば、伝統的なイギリス料理はマークス&スペンサーの冷凍食品。後に娘のPTAで教わったのが英国領インド料理に韓国料理。サマータイムのBBQでは火おこしが得意になった。また難民寸前のクルド人に教わったのは、ヨーグルト、ニンニク、葡萄の葉を多用する料理で、これらはみな日本人の口に合った。でもこうして多国籍軍を渡り歩いたのが結局はまた和のお惣菜へと引き戻されるのである。

 さあここで、「春の食卓」に紹介されている朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯三食のメニューをちょっとだけご紹介すると、朝:ご飯(五分づき米・きび・あわ)うどのみそ汁。昼:小松菜の卯の花和え、根三つ葉と豆腐のみそ汁。晩:ご飯(五分づき米・きび・あわ)あじの塩焼き、春菊のごま和え、たまねぎとわかめのみそ汁。「冬の食卓」では、朝:あずきご飯(玄米、あずき)、大根と油揚げのみそ汁。昼:はりはり漬け(写真では、朝のあずきご飯のおにぎりと番茶が添えられている)。晩:あずきご飯、たらのおろし煮、レンコンの梅肉和え、豆腐とわかめのみそ汁、白菜づけ、番茶。秋の食卓、朝:ご飯(三分づき米、きび、はと麦)、焼き目刺し、たくあん、さつまいものみそ汁、ばん茶。昼:ごまみそうどん、ばん茶、晩:ご飯(三分づき米、きび、はと麦)、さんまの塩焼き、きのこと黄菊のくるみ合え、たくあん、白菜のみそ汁、ばん茶。朝:ご飯(三分づき米、麦、あわ)、大根とにんじんのぬか漬け、焼き海苔、里芋と小松菜のみそ汁、ばん茶、昼:からみもち、ばん茶。夜:ご飯、(三分づき、麦、あわ)、かきと焼き豆腐のみそ煮、きんぴらごぼう、大根とにんじんのぬか漬け、ばん茶・・・・。 1ページに2人分を一食ずつ。

  和食器も素朴な大鉢、小鉢、湯飲み、汁つぎ、豆皿、片口鉢、ぐい呑み、丼。海外転居を繰り返していた頃は和食器は重ねることを想定して作られていないなあとつくづく恨めしく思ったものだが、手元のお茶碗のご飯の上がお皿の役目もするのだから、何枚も同じものを揃えておく必要はないのだ。

そして少しずつ盛られたシンプルなお惣菜は、たぶん息子の胃袋と嗜好を満たすことはできないかもしれない。でもその母親は正直に言えば自分の健康をそろそろ気遣いたい齢である。こってり料理の最中は「息子と同じではいけないよ」と言う囁きがどこかから聞こえてきて質素な食事を好ましく思うし、旅先の田舎料理には日本人の血潮を感じる今日この頃でもある。執筆者の幕内さんによれば、日本人には日本で採れる野菜や魚がカラダに合うそうだ。そして季節の素材を大事にしながら質のよい調味料で調理をすること。基本は何を食べるべきかではなく、その季節に何がとれるか、である。

「長生きしているのは明治の人で、私たちは体格はりっぱになったが、体質体力は落ちている。現代の食生活は豊かになったのではなく、でたらめになっただけ」と語る。「FOODは風土」。伝統食と民間食養法の研究者で、巻末の作者紹介を見れば食生活の総合的なコンサルティングをなさっているらしい。だから、巻頭から20ページまでは「粗食のすすめ」の講義である。ご飯を理想の主食として、「「おかずは残してもいいからご飯を食べなさい」。これが健康への第一歩です。」か。お料理は剣見崎聡美さんが担当されている。

 あくまでも、日本の食文化の継承と食科学に裏づけされた貴方の健康のためにご紹介いたしました。介護予防とかメタボ対策のためではありませんヨ。


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