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『私の部屋のポプリ』熊井明子(河出書房新社)

私の部屋のポプリ

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「「ぴんくいろのびんばう」をめぐって」

 「ぴんくいろのびんばふ」。熊井明子のエッセイでこのことばに出会ったとき、私はそれをすなおに受け入れることができなかった。


 これはそもそも片山廣子の随筆『燈火節』にてでくることばで、片山によれば「雑誌が買ひたくても来月までは一冊も買わない。或る人にいろいろとお世話になっても何も贈物が買へない。白米のご飯がたべたくても外米をありたけ食べ続ける。庭の椿が枯れかけてゐるけれど今月は植木屋を頼まない。」くらいの貧乏ということ。

 これを紹介しつつ、熊井明子が「私の生活もまた、ピンクいろのびんばふ?」とふりかえる自らのくらしの様子は、「くるまのかわりに緑色の自転車。ダイヤやルビーの指輪はないけれど、ピンクの真珠の指輪ひとつ(十数年前の婚約指輪)。/サンローランのドレスのかわりに、それを着るときっとよいことが起こるワイン色の昔風のワンピース。セントラル・ヒーティングのかわりに、ガラス窓ごしの太陽のあたたかみ。カラー・テレビのかわりに、時々奇妙な異国のことばがとびこんでくる古いラジオ。」となる。

 ふたたび片山廣子『燈火節』にもどろう。東京の貧民窟として有名な鮫ヶ橋で、かつて目にした人びとの情景をふりかえり、その様子を「びんばふはびんばふなりに明るく幸福だつたのだろうと考へてみた」ともらした廣子に対して、ある人が「あなたはびんばふの本當の味を知らないから、そんな夢を見てゐるのですよ。赤貧洗ふが如しといふその赤貧の本當のびんばふ加減を知つていますか?」と問う。そこで廣子は、自分の感想は「夢の寝言みたいな」ものだと承知しつつ、「赤貧の境地にずつと距離のあるびんばふだけを私は知つている」と書き、いうならば自分の「びんばふ」は「ピンクいろぐらい」というのである。

 「赤」ではなくて「ピンク」。そのいいように私が違和感を感じるのは、ないものねだりばかりで不平不満のおおい心のためである。私は廣子のように「赤貧の境地にずつと距離のあるびんばふだけを私は知つている」とではなく、「赤貧の境地にずつと距離のあるびんばふしか私は知らない」と考える質なのである。心に浮かぶあれこれが、否定のかたちをなしてばかりいるおかげで、感謝をしらず、さまざまなしあわせを取り逃がしている。

 これまで、『私の部屋のポプリ』のちいさなエッセイの数々に私は幾度となく救われてきたが、ただひとつ、「ぴんくいろのびんばふ」にだけはいつも首を傾げていた。その元祖である片山廣子の文章にいきあたり、「赤貧の境地にずつと距離のあるびんばふだけを私は知つている」と肯定のかたちで書ききる廣子を知り、この先達の心意気を伝えようとした熊井明子の思いをようやくのみこめた気がしている。

 「燈火節」は二月二日。ゲールの習慣では火の守護神である聖ブリジットをまつり、蝋燭を清めて春の訪れを祝うのだという。おりしもその日に『燈火節』をひろげた偶然に、今年は豆まきではなく、蝋燭の灯りのもとで過ごしてみたいような気分になり、そのときすでに熊井明子を思っていたのだ。

 気がつけばなおざりになってしまっている、季節の心づもりにふと喜びを感じるとき、日々押し寄せてくるあれこれに汲々としている自分をなだめすかせてやりたくなるとき、いつも手にするのは『私の部屋のポプリ』だった。

 熊井明子の紹介してくれた片山廣子をめぐって、ふたたびこれを手にとるのだったが、じつに、これほど読む度ごとにあたらしい何かを与えてくれる本もないと思う。女性であれば誰もが心楽しくなるような、やさしくささやかなサジェスチョンのそこここに、さらに自分の足で踏み込めば、きっとあたらしい世界がひらける秘密の入り口がひそんでいる。

 本書のオリジナルは一九七六年、生活の絵本社より刊行された。時を経て復刻されてその帯にことばを寄せている梨木香歩氏は、昨年末に出された片山廣子『新編・燈火節』(月曜社)の解説もしており、それは「片山廣子の名を最初に知ったのは、熊井明子さんのエッセイからだった。」と書き出されている。どちらも、いつまでも読み継がれるべき名著だと思う。女性の書き手と読者をむすぶ、こうした書物のリレーションシップにであうのはほんとうにうれしいことである。


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