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『おんな作家読本 明治生まれ篇』市川慎子(ポプラ社)

おんな作家読本 明治生まれ篇

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「女の子と読書」

 女の子の読書史、女の子にとって本とは、読書とはいかなるものであったか、という問題がつねに私の興味のなかにはある。少女小説や少女雑誌の研究というものはすでに存在するが、それらメディアがどのような影響をおよぼしたか、というよりも、受容者側の気分や感覚の移り変わりを知りたい、という欲求のほうが私には強い。しかし、ひとりひとり顔も個性もちがう数知れない女の子の本読みたちについて知ることは途方もない作業だろう。

 ところで、この十年ほどの間の女の子の読書史、というものを記すとするなら、ネット古書店海月書林」店主・市川慎子さんの出現は、特筆すべき大きな出来事であった。女の子ならではの本の楽しみかたを、古本を手だてに発信することによって、それまで省みられることの少なかったジャンルの本たちにつぎつぎと光をあて、それまで男の世界であった古本の世界におおくの若い女性をひっぱりこんだ。その功績は、古本のみならず、出版の世界にもあるながれを生みだしただろう。

 ではその、女の子ならではの古本の楽しみかたとはいかなるものなのか。それはこの『おんな作家読本』のなかに詰まっている。林芙美子吉屋信子森茉莉、中里恒子、城夏子、宇野千代、明治生まれの「おんな作家」たちをとりあげた第1部では、それぞれの作家紹介と代表作についてが語られ、年譜が付され、さらにはカラーで色とりどりの本の装幀、作家のすまいや遺品のあれこれ、お気に入りだった品々などが紹介されている。女の子の視点から、作家たちがどう生きたのか、その暮らしぶりやファッション、好きな食べもの、交友関係や恋愛遍歴などが盛り込まれた海月流文学アルバム。本書を手にする女の子たちが、ここに紹介された作家たちに触れることで、自らの暮らしや生き方がより楽しくなるようなつくり、この、文学一本槍でない行き方が、女の子ならではの本の楽しみかたなのだと、著者は教えてくれる。もちろん本は好き、でも女の子は、おいしいものも好きだし、居心地のいいお部屋も欲しいし、おしゃれもしたいし、ボーイフレンドのことも気になるのだ。如何に生きるか、ただそれだけを取り出して、抽象的な話をするのは苦手、身辺の、ささやかだが具体的なものごとに囲まれてこそ、生きる楽しみを見出すのが女の子なのだと。女の子にとって本は、それら具体的なものごとのひとつとして、愛すべき存在なのである。

 これまで海月書林を営むなか、かずかずの古本に触れてきた著者が得てきたさまざまな発見が詰まっている本書はまた、送り手側の一方的な作家紹介ではない。まるで著者が、読者のすぐとなりで、さまざまな本を見せてくれているような、そんな気持ちにさせられるのは、なにより彼女が無類の本好きであること、そして自身もまた「読者」のひとりであるという足場を失うことなく、本とかかわりつづけているからだろう。


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