書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『新装版 鴨居羊子とその時代 下着を変えた女』武田尚子(平凡社)

新装版 鴨居羊子とその時代 下着を変えた女

→紀伊國屋書店で購入

 下着デザイナーであるとともに、下着会社の社長でもあった鴨居羊子は、絵を描き、エッセイを書き、動物を愛し、各国を旅してまわり、フラメンコに熱中し、と、さまざまな顔を持つ女性であった。そんな多面性が魅力であることはたしかだが、マルチな才能を持ち自由に生きた女、という定型にはおさまりきらない奥深さと複雑さが鴨居羊子にはある。


 鴨居が絵やフラメンコにのめり込んでいったのは、アーティストであり経営者でもあるがゆえの、クリエイティビティと現実との葛藤からの逃避であったとは、本書にもあるとおり。そうした鴨居の、一筋縄ではいかない生きかたを、本書はつぶさに示してくれる。なによりもまず、鴨居羊子が下着の世界にもたらした功績がいかなるものであったかが、鮮やかに綴られている。

 鴨居羊子の果たした役割を考えると、新しい時代の女性のためのスタイルを打ち出したシャネルにある意味で匹敵する衣服の革命を担ったとともに、アーティストたちとの交流をベースにアートとモードの融合を図ったスキャパレリとも共通性を見出すことができる。また、コケットリーを多少の皮肉も込めて見せびらかしながら、底に流れる知性や品性を感じさせるという点で、今若い人たちに人気のあるイギリスのデザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッドにも通じるものがある。

 このように、まえがきで著者は鴨居羊子を三人の女性デザイナーになぞらえてみせた。鴨居羊子をまったく知らなくとも、ファッションに興味のある人であれば、ここから、鴨居がどんな女性だったのかが想像されるだろうし、どれほどの仕事を下着の世界でなしたのかもおわかりいただけるはずだ。


 これを読んだとき、私はぴしゃりと膝を打ちたい気持ちになった。そうそう、鴨居羊子というのはそんな女の人なのだ。本書の旧版がでたのは十四年前のことである。同じ頃、鴨居羊子の著作からその人となりに惹かれ、過去の雑誌記事などを調べていたのだが、そこにあったのは、スキャンダラスなふるまいと派手なファッションの女傑のイメージばかり。女の人が新しいことをしたり、過ぎたふるまいをすると、メディアはそういう書きかたしかしないのだなあ、と違和感を感じたのだが、このまえがきを読み、それが一気に吹き飛んだのを思い出す。


 また、あとがきでは、著者は鴨居羊子が自分の母世代であること、彼女について調べ書くことは「自分を生んだ世代」を知ることでもあったと著者はいう。鴨居羊子は生涯独身を貫き、子どもも持たなかった。けれども、鴨居羊子は、自らの手で何かを作りだし、それを仕事や生きかたにしようとしている女性たちすべての母親のような存在だろう。


 新装版へのあとがきには、著者が毎年取材するパリでの下着の国際展示会で、毎年新しく登場するデザイナーに強烈に「鴨居羊子」を感じ、「ここにも鴨居さんの子供がいる」と思うとある。

 それは、普通ではちよっと思いつかないような大胆な配色であったり、夢いっぱいのプリントであったり、商品タグなど細部にまで込められた愛情であったり、また自由に生きることを肯定する女性たちへのメッセージであったり……(いまだに女性は何かに束縛され、あるいは自らを束縛しながら生きている)。

 それを身につけることによって、身体を解放してくれるもの、というのが鴨居羊子の下着観だったが、鴨居の生きかたそれ自体が、女性にとっては何ものからの解放の一助となりうるだろうと思う。


→紀伊國屋書店で購入