書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『病気だョ!全員集合 月乃光司対談集』(新紀元社)

病気だョ!全員集合

→紀伊國屋書店で購入

●ある男の復讐、そして復活の書

著者の月乃光司は、対人恐怖症、醜形恐怖、ひきこもり、アルコール依存症、自殺未遂、リストカット境界性人格障害の元当事者。精神病院に3回入院した経験もある。「壊れた人間」としてその人生の大半を過ごしてきた。

このような経歴の人間が、稀代の政治家、田中角栄を世に出した保守の基盤、新潟で表現活動をしてきた。その名も「こわれ者の祭典」。

http://koware.moo.jp/

月乃はその新潟で、うだつのあがらないサラリーマンをしながら、自分の過去、そして現在を絶叫詩人というスタイルで詠む。

私が初めて月乃の絶唱を聴いたのは、オールニートニッポン

http://www.kotolier.org/ann/index.html

の公開放送だった。その詩は生々しい。自室に引きこもっていたときの妄想が速射砲のように発射されていく。異性にもてる要素のないひきこもり青年月乃が若い女性に対してかき立てる猥褻イメージ、社会復帰した会社で自分をいじめる上司への殺意が、かき鳴らされたギターの弦の響きと相まって、聴衆の深層心理を抉るのである。

その声は、勃起したけれども挿入する相手がこの世に存在しないという、あけすけな童貞男の悲哀を、聴きたくもない聴衆に押しつける。右翼の凱旋カーのようなうっとうしさがあるのだが、その声にはひきこもり当事者が、ついに語る場を見つけた! という歓喜のメッセージとほどよくブレンドされて、イカくさいザーメンとして聴衆の脳内にインプリントされていく。

そうだ、俺もこういう妄想でオナニーをしていたよなぁ、と観客席で、思わず拳を握りしめる。そんな青春を回顧させる力に満ちている。

この月乃光司が、10年以上のひきこもりの穴蔵自室、精神病院の閉鎖病棟から、のっそりと這い出して、東京にやってきてはあまたの表現者と語り合ったのが本書である。

月乃はストレートである。自身が尊敬する表現者に対談を申し込むために、新潟から自費で新幹線にのって東京に乗り込んでくる。

大槻ケンジ、雨宮処凛、今一生、手塚眞ホーキング青山信田さよ子戸川純中村うさぎ、といった表現者たちを前に、毎日オナニーをするしかなかった孤独と焦燥感をネタに、なぜ人は自傷行為に至るのか、という現代的なテーマを語り合った。

対談相手は、それそれの生きづらさを感じている。または、感じていた当事者たちである。月乃のスタンスは、その人と会いたい、話したいという、シンプルな好奇心だ。その月乃の好奇心にそれぞれの表現者は、哄笑、爆笑、微笑、苦笑で相対している。

月乃は、この対談集を編んだ理由をこう書いている。

「実はこの本は、誰にも会わず、自分の部屋の壁を見続けるか、手首をカッターで切り刻むか、酒を飲むことしかできなかった僕の、世の中への復讐の本です」

月乃は、自分をひきこもり、アルコール依存症に追いやった世間への復讐をしているのだ。とても無様な復讐ではある。が、そのかっこ悪さを引き受ける月乃は、生きづらさを感じる人間が増殖する、「生きづらさ列島ニッボン」を体現する表現者になったと言えるだろう。

→紀伊國屋書店で購入