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『崩壊する新聞』黒藪哲哉(花伝社)

崩壊する新聞

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「新聞販売店からみえる、新聞ビジネスの闇」

前回は『トヨタの闇』を取り上げた。今回は「新聞の闇」を取り上げる。

著者の黒藪哲哉氏は、フリーランスジャーナリスト。私もたびたび寄稿してきたニュースサイト、MyNewsJapanの常連寄稿者のひとり。新聞業界、とくに新聞販売の問題点を取り上げるインターネットサイト「新聞販売黒書」を主宰している。「新聞販売黒書」の黒は、自身の姓である黒藪とリンクしているのだろう。

日本における新聞発行部数は、他国と比較すると突出して多い。

2006月の段階におけるABC部数は

読売新聞:999万部

朝日新聞:813万部

毎日新聞:399万部

日本経済新聞:286万部

産経新聞:216万部

これに対して、2006年頃、外国の新聞では

USAトゥデー:227万部

ニューヨークタイムズ:114万部

ル・モンド:35万部。

となる。日本の新聞の発行部数の多さがわかる。

よく知られているように、日本の新聞には個性といえるようなものがない。同じようなニュースを同じような論調、文体で書いている。

日本人が退屈な新聞を読むことが大好きだから、このような数字になったわけではない。

各新聞社が全国に強固な販売網を作り上げたためである。

本書は、この新聞販売制度を軸に、新聞ビジネスの闇が描かれている。

ここでは2点にしぼって内容を紹介したい。

 まず第一に、本書が明快に指摘しているのは、新聞販売店には「暴力装置」が組み込まれており、新聞社はこの装置を使って新聞部数の拡大維持をしていること。 新聞拡張団という男たちが、地域をまわり新聞を強引にとらせる。

 この拡販団のメンバーが受け取る報酬は完全歩合制である。その日に新規の読者を獲得できないならば収入はない。収入面では下層階級に所属する者たちが多いことが容易に想像できる。だから日銭を稼ぐため強引で押しが強くなる。そうしないと生活できないのだ。この拡張団のなかには闇社会とつながりのある者もいる。

 第二に、新聞社はその実売部数をごまかしており、読まれない新聞を「押し紙」として新聞販売店に押しつけている。膨大な新聞が読まれないまま、リサイクル業者に渡っている。ペット業者が糞尿処理のために、真新しい押し紙をまとめて購入することもある。

 「押し紙」とは、実際に読者がいないのに、新聞社が販売店に押しつける新聞(紙)のことである。たとえば、ある販売店の担当地域に読者が300人いるとして、新聞社はそれに上乗せして500部押しつける。この上乗せした200部の読者が獲得できないとしても、新聞社は500部で代金を販売店に請求する。断ればその販売店の販売契約を打ちきられる。契約が切られたら廃業を余儀なくされる。販売店は新聞社の指示に従うしかない。早朝の新聞販売店をのぞくと、封が開けられていない新聞の束をみかけることがある。配達するあてのない「押し紙」だと思われる。

 社会の公器たる新聞社が、非人道的な経営をしているのだ。

 この経営に疑問を持った販売店経営者たちが、新聞社を相手に訴訟を起こし、その責任の追求をはじめた。黒藪は、これらの訴訟の取材を通じて「新聞社経営の闇」が暴かれていく。裁判資料を入手しているためだろう。黒藪の記述はきわめて詳細である。

 これらの重大な事実は、新聞やテレビで報道されることはない。これは新聞業界にとって、一般の人に知られたくない「不都合な真実」だからである。

 本書が、専売店制度で支えられている毎日、朝日、読売などの大手新聞の書評欄で取り上げられることはないだろう。新聞記者も、実名で本書の内容を克明に紹介することはないだろう。

 私の個人的体験を紹介しよう。

 東京の下町、亀有でひとり暮らしをしていたとき、読売新聞の勧誘を受けたことがある。中年の男性がドアのまえで笑っている。

「新聞は取っていますか?」

「毎日をとっています」

「読売をとってほしいんです」

「いえ、いりません」

「いまなら景品を差し上げます。新聞をとらなくてもいいですよ」

「じゃあ、ください」。

 そのとき、私は毎日、朝日、日経を3月毎に購読しては、契約を解除することを繰り返していた。毎日読むに値する新聞を見極めるためである。読売の勧誘員は、私の両手に洗剤と商品券、ビール券をのせていく。

「ありがとうございます。こんなにいただいて。ひとりぐらしなので助かります」

「いえいえ、それじゃあ、お願いします」と新聞契約書を取り出した。

「それじゃあ、また」と、私がドアを閉めようとすると形相が変わった。

「こら! 新聞とれよ!」

「景品は無料でいただけるって言ったじゃないですか。新聞はとらなくてもいいって」

「なめとんのか。こら! 俺はこのへんでは顔なんだぞ」

「でも、新聞は取りません」

すると男は、私の両手からすべての景品を奪い取って、「なめんなよ!」と捨て台詞を吐いて去っていった。

 こんな勧誘をひとりぐらしの老人や女性が受けたら、恐怖のあまり抵抗できない。怖いひとに私は目をつけられたのだ。いざというときは、亀有公園の派出所にいって、相談に乗ってもらうしかないな、と思った次第である。

 もし、この強引な新聞拡張をしている専売店制度がなくなったら、日本の新聞発行部数を維持することは不可能になる。

 ネットの普及によって、減少の一途をたどる新聞読者離れが止まることはありえない。「押し紙」は増え続けるだろう。

 私は同世代の新聞記者と会うと、折に触れて、将来のことを聞くようにしている。勤務先の新聞社が倒産する、自分がリストラにあう、という前提で行動している記者はほとんどいない。この危機感のなさがたいへん心配である。

参考になるサイト

MyNewsJapan 黒藪哲哉氏の寄稿まとめ

黒藪哲哉氏が主宰する「新聞販売黒書」

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