『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー(早川書房)
「世界が滅び、父子は旅を続け、火をつなぐ」
現代アメリカ文学を代表する巨匠、コーマック・マッカーシーの最新作。
私は、昨年、マッカーシーの『血と暴力の国』を読み、これを原作にした映画『ノーカントリー』も観た。原作に忠実に映画がつくられていた。連続殺人を犯す男は、死に神のようだ。追跡を阻む者を無感動に殺していく。人間は突然、死ぬことがある。その死の形を言葉を使った彫刻=小説に仕上げる手腕は見事。
最新刊『ザ・ロード』の舞台は、荒涼たる破滅的なアメリカ。大規模な核戦争後が起きた後のような、汚染された大気と大地のなか、父子が南に向かって旅する。動物も植物も死に絶えた世界のなかで、父子は、廃墟となった街で、略奪されずに残った数少ない食料を得て生きている。南に行けば、少しでも暖かく、希望があると信じて。旅の途中で出会うのは、希望を無くしたホームレスの男性や、人を食らうことを覚えた変わり果てた人間たち。父子は、一丁の銃と数発の弾丸を護身に持ち、ショッピングカートにありったけのサバイバル道具を積みこんで旅をする。
起伏に富んだストーリー展開はない。
父子には名前さえ与えられていない。
世界が変わり果てた災害さえも語られない。
父子が旅の途中で見つめる悲惨な現実と、「大惨事」以前の母の記憶、そして夢が語られるだけだ。
父は子どもを守るために、食料を探し続け、あたえ続ける。
死が二人を分かつまで、父はその役割を全うする。
最後に、父の旅は終わり、子どもは大人になり、旅は続く。
この作品の中で、「火を運ぶ者」という表現が出てくる。
火とは何だろう。
希望。勇気。父子の絆。文明の象徴。なんのヒントも与えられない。
それでもこの小説を読んでいるとき、ここに生がある、と力強く感じることができた。
これぞ小説の力、という作品である。