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『やりたいことがないヤツは社会起業家になれ』山本繁(メディアファクトリー)

やりたいことがないヤツは社会起業家になれ

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「社会変革は最高のエンターテインメント事業である」

 社会起業家とは、社会問題を事業によって解決する事業家のことだ。

 著者の山本繁は、NPOコトバノアトリエの代表。いま、もっとも注目されている社会起業家のひとりといっていいだろう。

 ニートやひきこもりの若者の支援を事業化することに成功しつつある。支援事業で食っている、ということは不可能を可能にしているということだ。

 その手法は極めて斬新。たとえば、漫画家志望の若者のために立ち上げた「トキワ荘プロジェクト」。地方出身の漫画家志望の若者に、格安家賃のアパートを提供。同じ志をもつ若者で集団生活をさせてモチベーションをアップ。そして漫画製作の最前線で働く、編集者や漫画家による授業をうけることができる。

 インターネット放送「オールニートニッポン」の開局。運営しているのは、ニートや引きこもりの経験のある若者。ゲストは、ニートやひきこもり支援に共感を寄せる知識人や著名人。社会に参加する勇気を持てないでいる若者たちに大好評だった。

 本書は、そのコトバノアトリエ創業者による、事業の「途中経過報告」である。

 社会起業家というと、崇高な理念を持った人、というイメージがある。燃えるような情熱で、やりたいことがある。社会問題にとてつもない関心があり、その解決に命をかけている。

 確かにそういう人もいるだろう。しかし、山本繁は、そのタイプではない。

 

 「やりたいことがまったく見つからない」という、コンプレックスの塊の青年だった。

 

 やりたいことを見つけるために、小笠原諸島の父島に行く。大学時代に不動産情報を提供する会社を起業して挫折。大学を留年。大学5年生の夏。23歳になって、自分がやりたことを見つけるために島へ行った。1ヶ月考え続けて、やりたいことは「何もない」と結論を出した悔しさのたに自分で自分の首を絞める。自傷行為のようなことをしたあとに山本はひとつの言葉をひらめく。

 「自分の中にニーズはない。だったら、他人のニーズのために生きればいいんじゃないか」

 これから山本の事業家としての活動が始まる。子どもたちのたの文書講座を開くボランティア活動をスタート。その文章のなかに、いじめなどのトラウマ体験を見つける。ニート、ひきこもりという社会問題との出会い。その当事者たちは、インターネット環境のなかで、表現欲求を募らせていることを発見する。小説家を養成するための、神保町小説家アカデミーを開講。十数人の受講者のうち、3人が商業出版するという成果を出すが、事業としては赤字を出して撤退。つぎに、インターネットラジオオールニートニッポン」を開局するが、リスナーが増えたとはいえ赤字のため撤退。2つの手痛い赤字のなかで、唯一、事業化に成功したのはトキワ荘プロジェクト。この事業を起動にのせるために資金と人材を集中させる。

 次に山本が手をつけたのは、中退問題の解決だった。ニートやひきこもりの当事者の多くは、高校や専門学校、大学の中退歴がある。中退することで、人間関係を喪失し、社会的な落伍者になっていく。「日本中退予防研究所」を設立し、中退者を減少させるためのプロジェクトを学校法人との共同でスタートしていく。

 前述したように、山本は、自分の内面から絶対にこれをやりたい! というニーズがない人間。自己実現への欲求が薄いのだ。これが強みになっている。成果が出ない=ニーズとずれている、と冷静に判断。次の一手を打っていく。事業の傷口を最小限でとどめる判断力がある。

 

 だから「やりたいことがないヤツは社会起業家になれ」という言葉が説得力がある。

 「自分の内面からどうしてもやりたいことがないならば、困っている人のために働け」ということだ。

 山本とは神田神保町アカデミーで、講師依頼を受けたことがきっかけでその仕事ぶりを見る機会があった。NPO法人ユニークフェイスという当事者解放運動のリーダーとして壁にぶち当たっていたときだった。山本のコトバノアトリエに取り組む発想力は新鮮だったが、なぜそう考えるのかが分からなかった。今回、山本の思考の中の一部が書籍になって疑問が氷解した。山本は、社会を舞台にエンターテインメント事業をしようとしている。社会起業家を演じているアクターなのだ。気持ちよく騙されるほどに社会が変革されていくということだ。

 

 社会変革は最高のエンターテインメント。

 若者よ、本書を読んで社会起業家を目指せ!

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